ゆっくりとした秋彼岸
ときに犬さびしきかほを秋彼岸
【作者】山上樹実雄

昨日は、彼岸の中日でした。
例年なら、この秋分の日は大印展の審査日でシルバーウイークどころでなく、作品開封から審査準備、審査会、審査累計、審査結果、審査結果通知と自分の仕事も一時棚上げにしておかないとダメなくらい多忙となります。
この十年間で、一番ゆっくりとした静かな連休を過ごさせて頂きました。
今は腰痛もあり、例年のごとく立ち回っていたら、おそらく今頃は動けなくなっていたと思います。
そう、今年は大印展が新型コロナウイルス感染防止の観点から中止となったことにより、静かな休日となりました。
お蔭様で、このお盆にお参りに行けなかった藤本先生の霊が眠る一心寺と家内の実家のお墓参りに二人で行くことが出来ました。
不幸中の幸いを見つけた休日となりました。

同時に、大印展が開催できないんだという寂しさを実感した昨日でした。
20日には、大印技術講習会がzoomにて実施されました。
多くの講習生の参加を賜り、また、補助講師のS先生の奮闘により、リモートの良い面を駆使できたことを実感いたしました。
10月の講習会は、新学期となります。
10月からは、対面講習を再開することになりました。
7か月の休講は、技術継承最中の人にとっては大きな痛手であったと思います。
10月講習からは、海綿体のようにドンドンと技を吸収して頂きたいと強く思います。
令和印章修錬会の締め切りは、明後日です。
消印×ですので、宜しくお願い申し上げます。
で、次の日曜日は作品開封日となります。
助っ人もはいっていただけるようで、腰に注意しながら頑張ります。
posted: 2020年 9月 23日気づいた者は、ガンバロー!
同人誌即売会「コミケ」中止で印刷業苦境 成長市場に水 「作家の創作意欲下がった」という中國新聞の記事を目にしました。
コロナでいろんなことが中止になりました。
イベント屋さんは、企画が中止になれば、人が動かないので収益がないという経済活動との関連で大変です。
自らの発表の場を失った者は、来年にその可能性のエネルギーを維持しなければなりません。
毎年の印章技術の展覧会「大印展」は中止となりました。
来年にそのモチベーションを維持できる人は、相当の強者です。
またモチベーションだけでなく、実際の作品作りをして手を動かさないと、技術の向上はあり得ません。
技術は頭で印章を彫刻するのではなく、手が動いて初めて作品が仕上がります。
印章技術の歴史において、その手を出来るだけ動かすことが、技術の向上や継承を作り出す源となります。
その手を動かすことを少なくしていったので、今ある事態に陥っていると言っても過言ではありません。
大印展や大競技会、グランプリは、技術継承現場から手を送り込むことにより成立しています。
それは逆にメルクマールとなっていると私は思います。
気づいている人は多いはずです。
気づいていないフリをするより、その場から逃げるより、立ち向かって頂きたいと強く思います。

「令和印章修錬会の」を「大印展」の代替企画として今年は行います。
締め切りが、今月の25日(消印ダメ、必着で)です。
四連休を利用して、手を動かして頂くようにお願い致します。
posted: 2020年 9月 15日
灯台下暗し
昨日は展示会疲れなのか、腰の痛みが強くなりました。
丸一日を休養にあてたのは、珍しい休日となりました。
若い頃、「煕菴の遊印」の販促に東京ビックサイトでのコミケに行っていた頃、三日間の実演をさせて頂いても、そう疲れませんでした。
家内は私よりも元気ですが、展示会に出ていたマッサージ機を購入していたのには驚きました。
この展示会参加は、家内が産創館に相談に行き、情報を集めて大阪市魅力発信事業に参加したお蔭で実現する運びとなりました。
まだまだこれからですが、共に頑張っていきたいと思います。

【灯台下暗し】
柳宗悦は、次のように言いました。
「民芸品は、鑑賞するために造られた美術品ではない。名も無き職人が手作りで作っている量産品である。民衆の誰もが買える価格帯で、民衆の日常に奉仕する、実用的な使いやすい物だ。それらには過剰な作為はなく、健やかな美しさがある。地方の風土に根差した天然素材からできたそれらの美しさは<用の美>といえる。」
印章の印面も<用の美>である。
日ごろ、そこに美しさがあるとは、誰も考えずに唯々必要に迫られて、捺印する。
芸術に昇華してしまった篆刻芸術は、鑑賞の美であり、それこそ印章がリモートワークの邪魔者といわれた折に、経団連会長が美術品として残せばよいといった範疇に入る物だと思います。
認印や銀行印、実印という実用印章には美がないとされるので、最近のCMでは「ハンコのポイ捨て」が実に多い。
灯台下暗しで、歴史と共に長年、全ての庶民のなかで使用されてきた印面デザインには理由と明確な美が存在していたという事に、印章業界は気づいてこなかった。
気づいてこなかったというより、そこを敢えて避け、機械生産からコンピューター彫刻機での素人の大量生産を行うために、美など無視するしか仕方がなかったのだろう。
ハンコのデザインをパソコンのみでしてしまうと、技術継承を感じられない、オモチャのようなハンコが出来てしまいます。
パソコンで印章が作成されるようになってから、もっと気を引き締めて技術継承に業界が向き合えば、作業区分を手彫り、手仕上げ、機械彫りと名付けっぱなしで終わらなければ、そこには先人からの魂がまだ息づいていたことだろうと推測されます。
それをもう言っても仕方がない状態に陥り、誰も見向きもしないし、聞く耳をも持たないかもしれないが、今ある名も無き印章彫刻職人の手に染みわたったデザイン性を放棄するにはもったいないところがあると思います。
灯台下暗し、その技術力を今の自分の存在を柳宗悦の思想から学ぶ必要性は大いにあると考えます。
彫るのが印章彫刻職人でもあり、彫ってきた道程を知るのも印章彫刻職人であります。
それは、決してパソコンフォントやパソコン機能をいくら駆使しても表現できない、名も無き印章彫刻職人であるあなたのみが出来る唯一無二の表現だからです。
posted: 2020年 9月 14日夢が膨らんだ展示会
9日から昨日11日までの三日間、三田村印章店は臨時休業して、インテックス大阪で「第1回国際雑貨EXPO関西」に出展していました。
この展示会には大阪市魅力発信事業の参加グループの一員としての出展となりました。
来場者は、雑貨店、百貨店・量販店、セレクトショップ、インテリアショップ、書店・文具店、輸入商・卸のバイヤーやオーナーの方です。
印章業からは、当店一件だけの出展でありました。
多くのバイヤーやオーナーの方と商談できたことは、「はんこやが作ったユニークなTシャツ!HNKO KIAN®」の未来を膨らませることが出来ました。
お話下さった全ての方に感謝申し上げます。
また、私が不在であった10日にブースに顔を見せてくれました印章業界の方々にも心よりお礼申し上げます。

私がTシャツを販売する理由については、3回にわたりこの場でお話させていただきましたが、当日は同じ内容をご来場の方々にお話していました。
コロナショックにより印章業界は更に斜陽の道を歩んでいます。
それ以前から、継承現場を軽視し技術者の養成を怠ってきた業界で、今後に技術の進歩や進化、深化は望めない状態どころか、滅びゆく技術として位置づけられることとなります。
真面目な職人が長年培ってきた技術で得た印章文字を丸や四角の中にバランスよくレイアウトし、各自の個性を以ってデザイン化できる能力は、おそらく廃れていく事と想像いたします。
今までの修業の苦労は並大抵の事ではありません。
展示会でお話させて頂いた看板屋さんの二代目さんは、なんとかして親父の技術を残したいと言われていました。
看板屋さんのお仕事も、そのほとんどが今の印章業界と同様にパソコン機能や文字フォントを使用して作製されています。
その看板屋さんのお父様は、一つの看板を手で書いた全体的構成の美しさを苦労した修業から会得していかれました。
フォントを並べれば、いとも簡単ですが、それでは良い仕事になりません。
印章業界の仕事も印章文字のフォントを丸の中に機械的に、そして無意志に配置されたものです。
それを10ミリから大きくとも18ミリくらいの丸の中に配置するので、看板屋さん以上にレイアウトやデザイン性に無頓着になります。(彫って有ればOK,捺せればOK)
ですので、Tシャツのように大きな丸に拡大すると、実に滑稽なオモチャのようなデザインとなります。
しかしながら、それを縮小したものを印章として使用しているので、世の中がデジタル化されると無用になり、ポイと簡単に捨てても惜しくない短い棒となってしまうのです。
名も無き職人の苦労が報われるように、その一筋の道に向かい、さらなる挑戦を決意した展示会出展となりました。
最後に出展に際して無知無経験の我々夫婦をご指導ご援助頂いた大阪市魅力発信事業(OTEX)のスタッフの皆様と担当の先生方、本当に有難うございました。
今後もご指導ご鞭撻を宜しくお願い申し上げます。
写真は、OTEXのスタッフに撮影発信されたものをお借りしました。m(__)m
posted: 2020年 9月 12日
三田村印章店がTシャツを販売する理由(その3)
【三田村印章店がTシャツを販売する理由(その3)】
昨日は、印章業界にとって大きな転換点を国から与えられた日になると思います。
昨日の夕刊から今日の朝刊に欠けて掲載された毎日新聞の記事(写真)のように、明確に「脱はんこ」を掲げるクラウドサービスという商売が「約束」の在り方をめぐって熾烈な争いが始まる事だろうと推測されます。

古来、約束や契約という人と人との関係を司る考え方を「おしで」として日本人は重んじてきました。
形に残すために、伝来の璽を取り入れ、印章という文化を定着させてきました。
印章は、手続きを煩雑にして、とても面倒な代物であります。
それは民主主義と同様で、安全性を高める確認の為の手続きの連続から成立します。
手続きを簡素化して利便性を高くすると、ビジネスはスピーディーにやり易くなると思いますが、肝心の人と人との約束という考え方が等閑になるように私は感じます。
それは、民主主義が形骸化した時と同じような状態になると推察致しますが、今の日本がそうだから、経済面においてもそういう状況が平気にまかり通るようになったという事も言えるのかも知れません。
テレビで、コロナ不況のあおりをくらい、伝統産業が廃業に追い込まれています。
廃業となる伝統技術は、それが最後かも知れません。
そうだとすると、廃業は技術の終焉を意味することとなります。
そういう目に見えない技術の終焉をこの国は応援しているように感じます。
それへの叫びとして、印章技術の私の在り方を叫びとして表現させていただいたのが、今回の「HANK KIAN」®の企画となりました。
印影のデザインだけが残るということは、あり得ません。
うつくしい印影は、きちんとした技術の継承があるから息をしているのです。
posted: 2020年 9月 5日三田村印章店がTシャツを販売する理由(その2)
台風の目の中にあるプリンかな
【作者】蔵前幸子
台風10号が猛烈な台風に発達しているなか、福井での震度5弱の地震のニュースも飛び込んできました・・・みなさま、お気をつけてくださいませ。
9日から始まる国際雑貨エキスポに向けて三田村印章店は取り組んでいます。
といっても、家内と私だけ・・・私は日常業務に追われていますので、家内一人でバタバタしてくれています。
当日は中日の10日(木)以外、三田村印章店は臨時休業とさせて頂きます。
ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い申し上げます。

【私がTシャツを販売する理由(その2)】
芸術家と職人の決定的な違いは、作品発表に対する姿勢かも知れないと考えるようになったのは最近であります。
現在、芸術家と呼ばれている過去の名人であるミケランジェロやラファエロ、ダビンチが、自分の作品を売り歩いたり、個展を開催していたという話は聞いたことがありません。
しかし、その名は各地に行き渡りパトロンよりお声がかかることはひっきりなしでありました。
それでもなお、より良い仕事を求めて、名声も上がり、自分の技量が思う存分発揮できる仕事をするために、ライバルと技量の腕比べをして、お互いを尊敬して、切磋琢磨することにより、後世に作品が残り、芸術家という称号を与えられるようになりました。
今の日本の職人さんはどうだろう。
職人の仲間内では、出る杭は打たれます。
無名性こそ尊いとする同調意識があるように思います。
本来の無名性というのは、民藝思想である、「無数の名も無き職人達の霊」のことを言います。
しかしながら、現職人気質のなかにある無名性というのは、名を出すな、杭を出すなという同調意識でしかありません。
仕事の平均化として使用されることを多々見てきました。
それでは、折角の手仕事が大量生産の仕事と同じになり、良い物、より良い物を世に出さない仕組みづくりをしていると感じてきました。
技術を量的に判断する「技能」という考え方もその一つです。
2級の仕事、1級の仕事と技量を限定的に区画していきます。
そこからは、より良い物は偶発的にしか生まれずに、互いに尊敬しあった切磋琢磨が見られません。
機械的な商品と言ってよいと思います。
印章においても、技術の平均化はある意味技術の固定化に繋がり、パソコンフォントを使用して機械彫刻されたものと、一級技能士が手彫りした仕事の違いが消費者の皆様に理解できるだろうか。
理解できる人もいるとは思いますが、きっと同じに見える方が多いと思います。それだけ技術が標準化された印影イメージが消費者に固定されてしまった。
そこに美などあり得ないし、既製の認印と同様に捺せればその役割は完結してしまう文具としての印章となってしまったのだと思います。
ですので、新型コロナウイルスの感染が拡大している中、危険を冒して仕事場へハンコを捺しに出社しなければならないという社会から悪者扱いの印面は全て平均化して同一物として捉えるしか仕方がなかった。
それだけ沢山の捺印行動が会社の中にあるようです。
印章店は、会社に依拠すれば存在出来ました。
平均的な印面を持つ文具としての印章を大量に納めれば、その経営を維持できたのです。
しかしながら、そこには平均化した面白くない美などあり得ない名前を確認する手段、責任を確認する手段としての文具としての印面しかあり得なかったのです。
それがハンコだ、印章だと認知されてしまったことへの私なりの挑戦を突きつけたい。
それが、実用印章作製のデザイン技術を表現したのが、今回の企画「HANKO KIAN」®となりました。
写真は、昨日出来上がった国際雑貨エキスポで使用するチラシです。
posted: 2020年 9月 4日
三田村印章店がTシャツを販売する理由(その1)
【三田村印章店がTシャツを販売する理由(その1)】
ブログやフェイスブック、インスタグラムを通じて、いろいろな業種の職人さんや工芸の作家さん、芸術家の方々とお知り合いになりました。
その方々の多くは、ご自身のお客様の為に作製された作品や商品を発信されています。
大工さんや設計士さんは、ご自分が作った家や建築物を写真で示されています。
陶芸家は花器や茶碗を、華道家やフラワーアレンジメントの作家さんは、花器に花を活けた作品を、写真家はもちろん写真を、書家は書作品を、根付職人は、着物につけられた根付を綺麗に写真にとられています。
自らが精魂込めてつくられた作品を発信されて、とても羨ましく思っておりました。
私の作品は、展覧会や競技会への出品作品以外は発信できません。
印面が私の作品ですが、同時にお客様の個人情報でもあり、けっして公開を許されない物なのです。
ここに印章技術が消費者のみなさんに伝わりにくいという理由の一つがあると考えられます。
絵や書、写真などの作品に対して、自らの嗜好が出来るくらいに身の周りに溢れています。
その分、鑑識眼が養われ、見る目も肥えておられる方が多くおられます。
ところが、印章の印影はどうでしょうか?
書や絵の落款印としては、目にされることもあるでしょうが、他人の銀行印や実印をじっと見ていると、契約の時は別にして、常識を疑われます。
それと多くを見て、見比べる事はありません。
業界外での実印の展覧会などは聞いたこともありません。
赤い小さな丸のなかに名前が入っている・・・そこに美などあると思っている人は少ないと思います。
捺せて写れば、印章の役割は済む、そこに美をシェアすることは考えない。
印章業界の中でさえ、篆刻は芸術作品だけど、実用印章には芸術性や美などを求めることなどありえないとされているのが、ごく普通であります。
ご自身の技術力や芸術性を発信したい人は、篆刻芸術や書家としての道を歩まれ、それを発信される方が多いように思います。
しかし、それが実用印章の美の発信に力を添えているとは思えません。
そこで、私の実用印章作製のデザイン技術を表現したのが、今回の企画「HANKO KIAN」となりました。
写真の文章は、家内が考えたものです。
ご一読いただくと幸いです。

