弛み無き努力・・・ハンコ職人として生き抜くとは

中印連大会から始まった3連休は予定がぎっしりで、とても疲れました。
来週も連休は、予定がびっしり・・・
予定が何もないとか、中途半端な状態より、多くの人と出会い、たくさんのお話ができて、疲れはしたものの、充実した3日間でした。
印章業界は小さな世界です。
扱っている商材も小さなハンコです。
大事な事は連綿と続くという状態をつくり、その中にいるという事を意識することだと思います。

大印展の作品開封が済みました。
理事、技術委員、大印展委員のみなさま、ご苦労様でした。
昨年並みの出品数を頂けたようです。
私の感想としては、木口が少ないように感じました。

中印連大会の記念講演をさせて頂きました。
「商売に技術は活かされるし、技術を習得し、お客様に還元していくと、今度は逆に技術が恩返しをしてくれますよ」という内容のお話をさせて頂きました。
一つ付け加えたいことがあります。
それは、技術に自惚れてはダメで、上手だけではだめだということです。
例えば、大印展には様々な部門があります。
そこに出品していて、自分の位置を知ることは大切なことです。
しかしながら、あくまでそこに出品されている作品の中での位置であり、それに満足してしまうと、ただそれで終わりだということです。
周りも上手くならないと
そして、次の人が出てこないと
次を作らないと
それで終わりだということです。
それで終わりとは、自分は上手いという自己満足(本当に上手いのかどうかは疑問)で終わりで、他者には伝わらないということです。
後継を育て他者に伝える、そういう努力も大切で、自分ができなければ、それをしている人を敬い大切にするということが、自分の技術が活かされる道であるということだと最近強く思います。

posted: 2019年 9月 17日

開拓者精神の途絶えた印章業界

今日の連続テレビ小説『なつぞら』をまだ見ていない人
ごめんなさい。
漫画映画の黎明期、その開拓者が北海道の開拓者であるおじいちゃんに話を聞いています。
何事にも先人がおり、先人の成してきたことの上に我々があるということを忘れてはいけません。


技能検定について思う事を何日か前に、少し厳しめに訴えたと思います。
今回は、ゴム印彫刻だから自分とは関係ないとか
技能検定は、一部の人がしていること・・・技術オタクにやらせとけ
という思考が蔓延しています。
先輩や先生方がどれだけ苦労して、印章業界に技能検定という国家検定の制度を取り入れ、それを定着させるためにどれ程の苦労をされてきたかを、少なくとも私は知っています。
開拓者精神のころは、現場を見ていませんが、多くの先輩方から「失くしてはいけないもの」として教えられてきました。
他の国の印章業界に、日本のような国家検定のような技能検定の制度を死守してきたところはあるのでしょうか!
無いと思います。
だから、印章を登録するという制度や慣習が日本にはまだ健在な理由の一つとなっているのです。
同じ東洋の国でも、台湾や韓国には、技能検定という制度がなく、登録制度が一部をのこして消滅しています。
来年、最後のゴム印彫刻の技能検定が実施されます。
近畿の講習会においても、9月、10月は大印展実務作業が忙しく開催できませんが11月、12月は開催いたします。
来年に入れば、トライアルも致します。
どうか、みなさん応援してください。

少し頭に来ているので、もう一つ述べさせていただきます。
先人よりお預かりして、私としては亡き二葉先生より託された大印技術講習会を冒涜する人は、何人たりとも許しません。
どんなにお偉い方でも許しません。
最後の訴えは、ほんの一部の人に向けてのことです。
この場をお借りしたことをお許しくださ

posted: 2019年 9月 10日

お客様カルテ

二百十日馬の鼻面吹かれけり
【作者】高田 保

二百十日は過ぎましたが、台風15号が関東地方に猛威を振るいました。
被害に遭われた方には、心よりお見舞い申し上げます。
大阪は、本日も夏日です。
秋晴れというより暑いです。
昨日は店にこもり、大印展の審査員作品作りや講演の準備をしていました。
シャッター半分で仕事をしていると、リピーターのお客様からの電話が入りました。
ご子息の実印を調整して頂きたいとのこと。
すぐに、お客様カルテを取り出しました。
そこには、平成27年にご子息の銀行印をご購入くださったことや様々な情報を記入しています。
完成デザインの3点をご提案中、どのデザインを選択されたか、仕上がりの印影等々・・・そこからお客様の嗜好も見て取れます。


お医者様は、患者さんの病歴をカルテにしておられます。
それを見て、現在の診察の参考にされます。
診察が完了すると、その内容のカルテに追加されます。
当店のカルテも、リピーター回数が多いお客様のものは、冊子のように太くなっています。
写真は、そのカルテ郡の一部です。
16時過ぎに来られたお客様と雑談も交えながら実印のお話を1時間余りさせて頂きました。
有難うございました。
精魂込めた仕事をさせて頂きます。
感謝!

posted: 2019年 9月 9日

自分たちはつくり手であって、消費者にはなるな

8月が終わっちゃいますね。
お仕事以外にいろいろあって、少しバタバタしている月末となりました。
昨夜のラピュタは、後半を見逃しました。

寝る前に少しずつ考えながら読んでいる『エンピツ戦記』(舘野仁美著)の宮崎駿さんのエピソードにピンと感じるところがありましたので、ご紹介しておきます。
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宮崎さんは私たちスタッフによく言っていました。
「自分たちはつくり手であって、消費者にはなるな」
「消費者視点で作品をつくってはいけない」
いつのまにか社会は、消費者によって占められてしまった。今の大きな問題というのは、生産者がいなくなって、みんなが消費者でいることだ。それが意欲の低下となって、この社会を覆っている。
ジブリにおいてもしかり。人を楽しませるために精一杯の力を尽くすより、他人がつくったものを消費することに多くの時間を費やしている。それはじぶんのような年寄りから見ると、ひじょうに不遜なことである。もっとまじめにつくれ 自分のもてるすべてのものをそこに注ぎこめ と言いたくなる――。

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消費者になってはいけないということが、作るという行為の中に浸透してしまっては、よいものは、クオリティの高いものは、私もできないと思います。
ただ、このことと暮らしに寄り添うものをつくるということは、次元が違う問題です。
言い方が難しいのですが、消費者水準でものづくりをしてはいけないということだと理解しました。
また言い方を変えれば、社会の動向に合わせたものづくりをしていと、そのもののクオリティが社会水準になって、平均したものしかできなくなる。
平均的な大量生産をして、大量消費に結びつける思考が今までの経営哲学の在り方です。
消費者に長年愛用していただけるものではない、消費者水準のものづくりを印章に例えますと、文字にイラストをコピペした印章、文字をパソコン機能で幾何学的なものに変化させた印章・・・それらは、消費者水準のモノづくりであると言えます。
それらは、印章とその文字を探求した職人の技を活かし、精一杯の力を尽くしたというより、他人が作ったイラストやコンピューター機能を利用したことを自分の技量と勘違いしたものづくりであるということだと思います。

また、展覧会や競技会、書道展の作品作りは一生懸命に取り組むが、お客様渡しの印章はそれなりにならまだしも、性根の入らない別物と考えているようでは、賞状や肩書が泣いておられる方もおられます。
何のための技術か!
技術者が印章の価値を落としている事例も耳にするようになりました。

「もっとまじめにつくれ 自分のもてるすべてのものをそこに注ぎこめ と言いたくなる――。」宮崎駿さんのお気持ちはよくわかります。

朝からご予約の客様がニヤミスをすることなく二組の方とのお話を終えました。
お一方は、成人された娘様へのお祝いに
もうお一方は、きちんとした印章を求めて群馬からのお客様。
遠方より有難うございました。
精魂込めてあたらせて頂きます。

posted: 2019年 8月 31日

技術はお客様に必ず伝わります

今日の連続テレビ小説『なつぞら』から
なつが産休に入る日に、部下である後輩の作品チェックをしていて、涙の流し方にアニメーターの個性が出ていないということを指摘しました。
すると後輩は、「いろいろ考えて書くと効率が悪いし、子どもは、そこまでみていない。わからない。」と答えていました。

私も若い頃、大手のはんこ屋さんに言われました。
「三田村君、技術、技術と頑張るのは良いけど、お客さんには分からないよ。」

『なつぞら』に戻ります。
そんな後輩に、なつは言いました。
「それなら、アニメを辞めた方が良いよ。私たち(アニメーター)は、子どもの想像力と闘っている。それを乗り越えた時、初めて子ども達に夢と希望を与えることができる。子どもを信用できないなら、それができないということ。」

お客様に、印章の技術が分からないと、お客様をバカにしたり、絵や文様でごまかしたり、パソコンの機能を利用してヘンテコな印章をお渡ししているようでは、お客様に感動を与えることは出来ません。
絵や文様、パソコン機能を悪と捉えているのではなく、文字とそのレイアウトの機微を伝えることを止めて、それに逃げていたのでは、きちんとした印章は、お客様には伝わりません。
技術に誇りを持ち、情熱を傾け、最後まで手を抜かない仕事をすれば、必ずお客様に職人の技術と想いは伝わると信じてやみません。

印章の土台は、技術です。
印章業者の信用も技術にあります。

posted: 2019年 8月 21日

共鳴共感の定石

毎日新聞朝刊の一面に「奪われた輝き」と題した京アニ放火事件の記事がありました。


この記事を読んでいて思ったのですが、私が共鳴共感することには定石があるのです。
凄く苦労して自分の技を磨く(脱下職)→使用者や鑑賞者にそれを精魂込めて伝えると同時に後進を育てる→そのシステム作りをする→そこで学んだことを更にお客様に還元していく
肝心なことは、技を自分だけのものにしないということ
技を自分だけのものや楽しみにしておくと、それで終息してしまう
それは、その業の滅びを表します。

京アニのアニメ職人(アニメーター)に合掌!

posted: 2019年 8月 17日

微調整ができる能力

昨日の休日出勤後に、散髪に行きました。
理髪師さんが、シャンプーも終え髪を整え直して最後の段階に入ります。
サッとタオルをかけて、鋏を握り直して、耳の当たりをチョキチョキと・・・
ほんの少しだけ微調整の仕上げをしてくれます。
理髪師さんのこだわりというか、最後まで手を抜かない職人魂を感じました。
ほんの少しの時間で、ほんの少しの手間です。
それで、凄い満足感を味わえます。
次も当然、この床屋さんに行こうと思います。
床屋さんが減ってきています。
流行りの美容院のようなオシャレな床屋さんは、苦手です。
以前そのような所へ行ったこともあるのですが、髪を染めましょうとか、髪の毛のお手入れがどうのこうの・・・とお金ばかりかかり、髪を切り整えるという基本作業が実に下手くそ・・・髭剃りなどは、満足に出来ていません。
サッパリとしないし、満足度が低いのです。

印章店もここにリピーターを増やすポイントの一つがあります。
最後まで手を抜かない。
補刀という、床屋さんで言う最後の仕上げがあります。
下職時代は、その補刀をほとんどしませんでした。
一番の理由は、納期に間に合わない。
そして、朱肉をつけると印面が汚れるという理由からです。
今は、その補刀に力を入れます。
印面は、墨を落としてお渡しするので、何回も押しては仕上げ刀で微調整を繰り返します。
納得いくまで微調整を致します。
長い工程をかけて製作した印章が、最後に魂が吹き込まれる瞬間のような気がします。
それをしているだけで、リピーターが増えた事は事実です。
後輩に最近の仕事の印影を見せてみなさいと言うと、印影をとっていませんという答えが返ってくる事があります。
おそらく、補刀をしていないのでしょう。
お客様が逃げていきますよ!

写真は、暑いのでお客様用に久しぶりに用意した塩飴です。

posted: 2019年 8月 5日

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