真面目な印章人への提言

虹立つも消ゆるも音を立てずして

【作者】山口波津女

 

 

問屋さんからの請求書には、新商品やお知らせが入っています。今年に入り、新商品は、本当に新商品?と疑うようなありきたりの着せ替え人形のようなもの、それに反して、連続して続く値上げと生産中止、廃番のお知らせを見ていると、業界が新しく変化しているのではなく、縮小し始めていると感じています。そんなことばかり言っているので、業界関係者からは嫌われていますが、みなさん、どうなさっておられるのかなと不思議で仕方がありません。

 

 

【印章技術の習得にきちんと向かい、それを仕事のなかに還元されている真面目な印章人のみなさんへ】

 

印章自体の歴史は古く、日本においても渡来の印章以前からの「OSHIDE(おしで)」という土台の時期を含めると、文字以前からの歴史を有するのが印章です。今、真面目な技術者が駆使されている技術も400年以上の歴史に裏打ちされています。その技術が危機に扮しているというので、印章から生まれるデザインを発信しようと、コロナ禍以降に個展やクラウドファンディングなどをして来ました。先日も私の印章をよく知っていて下さる方から2件のデザインのご依頼を頂きましたが、約1年ぶりのご依頼となります。印章にあるデザイン性とその美を私なりに発信してきたつもりなのですが、デザイン業界も厳しく、個人でもAIを使えば、簡単にロゴやデザインを作製してくれる状況であります。それだけでなく、他業界からデザインの世界に入り、お客様に浸透していくには、デザインの業界以上の努力をしなければなりません。飛び込み営業で印章やそのデザイン性について簡単には理解して頂けないのは当然のことだと思います。技術はただ彫ることのみで、美は篆刻芸術という思考が技術者の間でも当たり前であったので、また吉相体や印相体という易的な付加価値に右往左往してきたのが現状なのかも知れません。

今や、デザイン業界からも実用の印章の市場に入り込まれ、それにまたまた右往左往するのではなく、400年の印章技術という、繋いできたデザイン性、工藝としての在り方に確信を抱き、自分の中に蓄積されたその歴史の中に位置づく自分自身を表現していけば、必ず道は開かれると思います。

コロナ禍以降に、多くの技術者の廃業を目にして来ました。このままでは、私と同世代に命を懸けて修業を積んだ工人はいなくなるのではと危惧します。

 

私より若い世代の技術者のみなさんへ・・・

流行りなどに惑わされずに、それに迎合せず、右往左往せずに印章とその歴史、在り方にしっかりと目を向けましょう。また、小さくなってしまった印章業界という狭い範疇で思考するのではなく、印章の元始までさかのぼり、その精神性から学び、今を見つめてほしいと思います。

私はもう10年は仕事をしたいので、自分を活かすために、変化していきたいと考えています。共に頑張りましょう!

 

posted: 2026年 8月 27日

OSHIDEの新企画、始動!

飲馴れし井水の恋し夏の旅

【作者】幸田露伴

 

 

【馴染む】

今から30数年前、高松から大阪に戻り、「三田村印章店」を開業しました。大阪の印鑑屋さん組合(大阪府印章業協同組合)にも入れて頂きました。組合の支部長からすぐに理事となり、加盟以前からお世話になっていた技術講習会や大印展を運営していた技術委員会(当時は技術部と呼ばれていました)に技術部員のお役目を頂きました。技術部員としての最初のお役目は、月に一度の技術講習会で、午後からの休憩時間にお茶の時間(大阪では茶をしばく)に講習生からお金を預かり、それで缶コーヒーやお茶などの飲み物を買ってくる係でした。今振り返ると先輩のYさんの計らいだと思うのですが、みんなに「馴染む」ため、技術部員として認めてもらうためだったのだと思います。講習生との繋がりもできたし、技術部員としての下積み仕事をすることにより、先輩技術部の面々にも認められていきました。

 

 

印章も大陸から入って来たので、さあ!使いましょうということにはならなかったのだろうと考えます。あくまで想像なのですが・・・。やはり下地があったからこそ、輸入物の印章は馴染んでいって、途中には花押というサイン文化の時代もあったが、生き残り続いて来たのだと思います。【馴染む】ための下地は作られたのだと想像します。金印があったり、大連之印が顔をのぞかせたりと・・・。

その時代のことを和訓での「(OSHIDE)おしで」の世界と捉えて、印章の危機である今こそ、下地を作った時代にもう一度学び直す必要があるのではないだろうか。何の為の印章なのか?印鑑屋のための印章では駄目だと考えます。

 

AIに聞くと、印章はなくならないだろうと回答されます。実印などは残ると・・・しかしながら、今年に入って個人の実印は減少傾向です。ハンコを使うことが想像しにくい時代で、目の前の押印はきちんとした印章でなくとも、銀行印もいるから早く安いやつで、でも少し良いモノも欲しい、良いモノ=変わったデザインのハンコ、そう言う需要はあると思いますが、あまりにもきちんとした印章や印影、ハンコの持つデザイン性について発信されなかった。とりわけ、この30年くらいは尚更、だから消費者に判断能力をもたらさなかった。美といえば篆刻印や落款印・・・それのみで、実用印章の美は業界内部・・・それでは伝わらない。ある意味、自己満足。

今年の個人印の減少に反して、今現在も三田村印章店が存在しているのは、法人印の需要増でした。とりわけこの夏にかけて。

 

 

OSHIDEの新企画は法人に向けてとなります。8月末に向けて、ここ数年、法人印を作製していただいた企業様に向けて只今ダイレクトメールを作製するためにリストの製作が完了しました。こんなにあるんやなと、リスト担当の妻と有難さを噛みしめています。

 

 

≪備忘録≫

古代の印章について調べていたら、ふと嘗ての全印協技術委員会時代の先輩T先生がおっしゃっていたことを思い出す。「日本最古の印章は大連之印(おおむらじのいん)であるが、それを一度も見たことはないし、どこに収蔵されているのかもわからない。」と・・・確かに、日本に中国大陸から印制が伝わる以前の古墳時代、皇極天皇の頃(642年)の印章であるらしい。AIに聞いてみると、どうやら奈良の七支刀で有名な石上神社にあるらしいが、あくまであるらしいである。石上神社のHPの宝物一覧には古墳時代の宝物は掲載されているが、大連之印については触れられていない。手持ちの印章史の全ての書籍を調べるが、大連之印についての記述はほぼない、印鑑屋さんの『印章教科書』には記載があるし、ネットでもその事を言っているのは、ほぼ印鑑屋さんである。印影もあるが、印制無き世に、一体何に使われていたのだろうか?不思議だ・・・古代印章や日本の印章の始まりを調べると、とても不思議なことにぶつかる。何故だろう?やはりOSIDEの世界と見てみると、なんとなく納得がいく、これも不思議だ。

posted: 2026年 8月 22日

「OSHIDE」祈願に

「OSHIDE」のマーケティングを8月中に完了するために、企画を進行してきていますが、ふと、何かが欠けていると気づいたのが最近のことです。

嘗ての船場の商売人が、新事業や新商品の売り出し、新しいお得意さんとの契約の時に、成功裏に事が運びますようにと手を合わせに出かけたのが、下鴨神社の瑞垣の本殿の真横に鎮座している「印璽社」であります。

「OSHIDE」の祈願に下鴨神社に参らねば、事の支柱を誤るところでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで、「印章の日」や「印章祈願祭」のみに目がいっていたのですが、それらは制度下の業界行事であります。そう言うと、それを批判しているかのように錯覚されがちなのですが、その制度を受け入れた根本である土壌としての印璽大神(おしでのおおかみ)に手を合わさねば、それを継承していくことにはならないと考えています。

この日は、お天気も良く、境内では白無垢を着たお嫁さんやお宮参りのご家族の姿を拝見しました。本堂に参詣して、お隣の「印社」と札にしるしてある印璽社に手を合わせました。後で末社の「印納社」には印章制度が続きますようにと手を合わせましたが、「印璽社」には次のようにお参りしました。・・・先ずは、自分がしようとしている「OSHIDE」の商品企画が上手く事が運びますようにとの祈願を致しました。そこから派生する新業態としての「OSHIDE」が、人と人との「約束」を大切にしていく社会であることが変わらないように続いて、工藝としての印章が続いて行きますようにと祈願させて頂きました。

お参りを終えて、出町柳にまで来ているのだからと、出町の「ふたば」で水無月をゲットしようとお店の方にいきましたが、長い行列で45分待ちとのこと。ここでの購入は断念して、稲荷「ふたば」に向かいました。伏見稲荷大社の北川にある「印璽大神」をお祭りしている社にも手を合わせてきました。幼少期から伏見稲荷にはお参りしておりますが、ここにはズ~と気が付かないままでした。「OSHIDE」の事業をきっかけに色々なところに目が行くようになり、これもご縁と感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、新しい週です。「OSHIDE」のこともあり、通常の仕事もほんのちょっとだけ忙しくさせて頂いておりますが、この事はしっかりと記録として残しておきたく文章にいたした。

 

posted: 2026年 6月 15日

TOKYOタクシー

久しぶりに妻と映画鑑賞。『TOKYOタクシー』

https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/

 

寅さん世代の方が多く、60代~70代かな・・・

キムタクはやっぱりハンサムで、倍賞千恵子の挿入歌『星屑の町』は心を温かくしてくれました。

https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%98%9f%e5%b1%91%e3%81%ae%e7%94%ba&&mid=0B624B8C52B42FA8F3C60B624B8C52B42FA8F3C6&FORM=VAMGZC

 

心が優しくなる映画でした。

その心がずっと続くならいいのですが・・・今朝、雨の通勤途上で狭い歩道を足早に抜かれた時に、傘があたりました。心の中で、「ちっ!」と腹を立てています。自分も急がなくてもよいのに急いでいます。礼節のない行為を咎めてしまいます。

 

 

我々は、何をそんなに事を急いで、整合性のないことを咎めたり、自分の正義を振りかざしてしまうのでしょうか。無駄なことや遠回りなことは、ダメで役立たずなのでしょうか。

先日から立て続けに紹介しています塚原龍雲さんの著書『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか』のなかで、同じようなことが語られていました。

・・・AI(人工知能)などの技術革新、そしてグローバル化によって人の暮らしが大きく変わってきたなかで、本当に大切なものを捨ててしまってはいないか。例えば移動手段の発達は僕らの生活をものすごく便利にしてくれたけれど、車にばかり乗ることで川の音や風を感じず、自然を忘れてしまっているかもしれない。地方に行って田んぼ道を歩き、そこの香りや虫の声を聞いていると、便利になり過ぎたがゆえに、人として本来持っていた感性が鈍っていたことに気づくことがある。近所の人と顔を合わせて挨拶する機会も減っているだろう。

同じように、進化したAIはこれまで人間が担ってきたしごとを代替し、あるいは人を超えた力を発揮しつつあるが、こうした変革の陰で何かが抜け落ちてはいないだろうか。「便利さ」を追求した結果、気づかぬうちに失ってしまった「豊かさ」もあるだろう。・・・いまから昔に戻れるわけでもない。ただ、少なくともここで一度立ち止まり、無意識に失ってしまった豊かさを見つめ直してみることも大切ではないだろうか。・・・(中略)・・・「ただ安心安全に生きるだけの社会」から「生きるに値する社会」へと移行する。そんな世の中で、手しごとの価値が再発見される日は近いだろう。

posted: 2025年 11月 25日

審査員作品づくり

あつきものむかし大坂夏御陣

【作者】夏目漱石

 

 

暑くて干からびそうになります。

干からびそうな状態は、気温のみでなく商売においても干からびそうであります。

六月の忙しさが嘘のように凪状態となりました。

間があいたので、来週土曜日にある審査会に持参する作品の蛇足として実印の部も作製してみました。

課題は「青山剛昌」。

『名探偵コナン』でおなじみの漫画家で、鳥取県の出身とのこと。

中国地域の印章組合さんの大会を鳥取でされるので、それにちなんだ課題であるようです。

角印は競技会式の彫刻方法でいたしましたが、実印となると、青山さんにお渡しするような気持ちになり、普段の仕事を意識してわたくしの彫り方で作製してみました。

 

posted: 2025年 7月 5日

個展に足を運んでいただき、有難うございました。

六月を奇麗な風の吹くことよ
【作者】正岡子規

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個展の後片付けをして、三条の駅に向かっていると、終わりをまっていたかのような雨が降り出しました。
開催期間中は、雨もなく暑くもなく、過ごしやすい日をいただき、京の都の「おしでの大神」に感謝いたします。
多くの方のご来場を賜りまして、この場を借りまして、お礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
お寺や禅が大好きなオーストラリアからのお客様は、禅語「知足安分」という作品をご購入いただきました。
京都での大学生活の頃に勉強会をしていた高校生は、初日のシャッターが開くのを待ち構えてくれていました。
東京から仕事で来られたデザイナーの方は、表現方法をとても気に入って頂け、作品に押す印をご依頼くださいました。
京都新聞の記者さん。
文具業界誌の編集長さん。
三条大橋向こうの歯医者さん。
大学の同窓生とは、懐かしい話で盛り上がりました。
会場裏の同業者さんも会場を訪れて頂きました。
その方いわく、はんこ購入者の90%以上が外国人観光客だそうです。
大阪や名古屋の技術講習会関係者も駆けつけてくれました。
現在、大阪の講習会に通われている方は、作品が目の力で破けるかと思うほど熱心に見て帰られました。
中国からのカップルさんは、「和敬清寂」作品をご購入下さいました。
他の物とものすごく迷われておりました。
決め手は、「文字から見栄えの良いグラフィックへと上がっているような気がします。」(翻訳機によると)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラウドファンディングにもご協力いただいた実店舗近くのお得意様ご夫婦も座右の銘を作品にしたいとおっしゃっていただきました。
京極で商われている老舗印章店の社長様とインバウンドについていろいろ意見交換もできました。
京都の和眼鏡の先生
その方のグループ展で知り合いました木彫り師の先生は福井から来てくださいました。
過去の自分を棄てて、新しい自分を見出すために京都に2週間の座禅修業にアメリカから来た若者。
オーストラリアでヨガのインストラクターをしている女性。
古くからお付き合いがあり、印章のデザインを残そうと考えるようになったきっかけを頂いた伝統デザイン研究家のJ先生ご夫妻・・・良いお知恵をいただきました。
写真家で京大名誉教授の先生は、これは冊子にすべきだと、ご自分作製の友人の冊子をわざわざ届けに再度ご来場くださいました。
まだまだ、多くの方のご来場を賜りまして有難うございました。
取り急ぎお礼まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted: 2025年 6月 4日

【 三田村煕菴個展へのプロローグ①】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

印章を彫刻することを篆刻といった時代があり、ある時から篆刻と実用印章はその役割を別にしていった。

篆刻は、書道に内包されていき展覧会を中心とした芸術分野にその存在を求めている。

はんこや印鑑と呼ばれる印章は、本来の印章の本質を継承するために実用のなかに美を見出してきた。

400年前に全国の優秀な版木師がヨーロピアンスタイルの彫刻方法をポルトガル人から学び印判師となり、官から民に降りて行った印章。

そのヨーロピアンスタイルは、メソポタミアから分岐していった印の在り方が社会の求めに応じて活版印刷となり再び日本の印章と出会った。

写真製版が出来るまでの間、実用として写真画を彫刻していた方法である。

それがヨーロピアンスタイルの彫刻で、後には木口木版という芸術分野に存在を残した。

いろいろな時代的変遷と社会の要請が、複雑に絡みあい変化していった印章は、それぞれの分野の線引きとその役割を定めた。

ともあれ400年間続いて来た印章木口彫刻技術は、今後そのままのスタイルを維持できる状態では無くなってきた。

デジタル化していく社会の要請もあるが、内部からの変容にも原因はある。

手のみの彫刻ではなくなり、機械化が進んだというより、コンピュータが誰でも使えるパソコンとなり、それは流通を変えただけではなく、作り手の意識をも変容させていった。

押印廃止の号令だけでなく、そのような在り方が自ずと消費者に伝わり、印章の価値を低落させる要因となったのは事実である。

そこに大きく幕を引き、いにしえからの印章の在り方とそこに携わってきた名も無き職人たちを表面化させる工夫をもった新たな印章の息吹が求められている。

そこには、工人のプライドと技術の規範・道徳が息づき、新たな時代からの要請にこたえることのできる柔軟性をも含んだ芽吹きを感じる。

 

 

 

 

 

posted: 2025年 4月 10日

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