印章の精神性

十五夜の山ぞろぞろと歩きだす

【作者】酒井弘司

 

 

 

 

 

 

 

 

 

印章組合の役職(と言ってもずっと平理事でしたが)を頂いていた頃、京都の下鴨さんに毎年「印章祈願祭」の祭典に参加させて頂いておりました。この前の日曜日もその日でした。参加しなくなっても、下鴨さんにお参りした時は、本殿横の霊璽をお祭りしている印璽社にお参りさせて頂いております。祈願祭に参加していた時に、いつも不思議に思っていたのですが、多くの参加者が本殿や印納社に手を合わされるのですが、印璽社にお参りされる方を見かけたことがありません。

印章供養のみならば、それでもよいかなと思うのですが、印章祈願祭であり、古印を収めて、ご守護を仰ぐなら、印璽社にも礼を尽くすべきというのは私個人の感想であります。

それに見られるように、昭和55年に第一回印章祈願祭を開催するのにご尽力された京都の印章組合の先輩方の思いからも、現在の印章業の在り方が大きく変わってきているように感じます。印章祈願祭が終わり、神人共食の直会(なおらい)をされるのですが、今はその呼び名もいつのころやら懇親会に変わり、神様不在のものとなっています。

この直会で、いつも下鴨さんの宮司さんがご挨拶されるのですが、印章のことを「おしで」と呼ばれています。神職であるということではなく、印章にきちんと精神性が付随していることを表す言葉をご使用になられている姿勢にはいつも感心させられていました。

三田村印章店は嘗ての大阪の商いの中心であった船場という地域の外れにあります。年配の経営者のお客様のなかには、昔は大きな契約がある時は、それが上手くいきますようにと下鴨さんにお参りに行ったもんだというお話を多く聞いていました。

下鴨さんには本殿横に印璽社があります。印璽社は、そのまま印章の神様だと思われている方が業界人には多いのですが、霊璽をお祭りしておられ、契約の神様とされています。そのため、船場の商売人がお参りをされていたのでしょう。そこから、契約時には印章が欠かせない時代でありましたし、いくら良い印章を携えて契約に臨んでも、運気がはたらかない場合もあります。それを印璽社に求めていったのだと思います。いまでも、その精神性をきちんと継承されている方は、就職や仕事運を求めて多くの人がお参りされています。

印章がその精神性を失い始めたのは、いつなのかは定かではありませんが、今は抜殻のような印章とも呼べないような代物を平気で販売しているのが、毎年の印章祈願祭で古印を通して神様に伝わって行っているのかなと情けない状態であります。

OSHIDEが取り戻そうとしているのは、このsealとしての印章の精神性です。そしてもう一つ、室町後期から織豊期以降、約400年にわたって名もなき工人たちが磨き、手渡してきた印章木口彫刻の技を、工藝として次の世代へ残すことです。

https://oshide-gift.studio.site/

 

 

 

posted: 2026年 9月 29日

新規事業「OSHIDE」

「私はこの書をあふるる情愛をもって、この世の無数の名も無き職人達の亡き霊に贈る」(柳宗悦『工藝美論』1929年と『美と工藝』1934年の巻頭に掲げられた一文より)

 

 

突然、何の説明もなくできあがった「OSHIDE」のサイトをご紹介させていただきました。いかがでしたでしょうか。

「OSHIDE」の新規事業は、現在の印章業と呼ばれる在り方とは全く違った業態となる事だろうと推測します。印章と呼称してしまうと、若い方が知っている「ハンコ」や、そのなかでも生き残り戦略として少しばかりの流行となっているものとは世界を異にしますので「OSHIDE」と名乗らせていただきます。

https://oshide-gift.studio.site/

 

 

認証としての印章の先行きが心配されます。押印不要もそうですが、それらの代替が多少のミスもありますが現実的にデジタル世界で動き回っています。現に印章の需要は大きく減少しています。直ぐに必要な押印は勿論まだ存在しています。それらの需要は「安い・早い」ものに限定された粗悪品となり果てています。しかし昨今その需要も減少してきたようです。今や末期の様相を呈しています。コロナ禍が明けて、昨年くらいから同業の廃業を耳にします。とりわけ、技術の習得のために関与した人の店をたたむという報告にはやるせなさを感じていました。今年に入り、それが続いています。先日、店を訪問してくれた印友とも「はん屋としての店を残すことが、印章を残すことにつながるのだから、お互い頑張ろうね。」と約束しました。

きちんとした印章専門店が減ってきています。流行りに傾き、そこに生き残りをかけていても、流行りはやがて廃るから流行りというのです。それは、私も痛い経験をしてきました。しかし、それでも商売をしなければなりません。それを批判するということはもう私にはできません。

 

印章には、「認証」という大切な役割を有してはいますが、それは印章の元始となった日本の「OSHIDE」の思想が土壌となっているから成立しているわけです。印章がその精神性を伴わずに、法や制度に依拠しすぎて、精神性を守ろうという思想がどんどんと印章から剥ぎ取られてしまい、骨太であった印章の価値が低落してしまったその足元を狙われたのかなと、今になって振り返りますが、時すでに遅しの状況です。

印章の精神性が剥ぎ取られたのは、市場のみでなく、継承現場でも表面化していました。職人道徳や印章の規範よりも手先の技、それだけならまだしも、資格を得るためだけの安直な対策講座などなど、到底職人を育てようという意思がみられなくなりました。それをひしひしと感じながら、自分は何をしてきたのだろうと猛省を致しております。

しかしながら、意思ある印人はまだおられます。ともに柘駒に人生をかけて臨んだライバル達や仲間たち、私が担当した講習会の後進の人が「印章は工藝である」ということに目覚めて、こちらの領域に入ってくださることを新しいサイトには、その思いも大いに入っています。

 

印章店が無くなれば、印章はなくなります。

そして先人である「名も無き職人達の亡き霊」も無くなります。

先人先輩方の努力は水の泡となり、印章の社会的役割は終局してしまいます。

印章がなくなれば、その土壌である「OSHIDE」の思想の存在もなくなります。

「OSHIDE」の思想が無くなるということは、「約束」という信頼の絆の一翼が社会から姿を消すということです。

経営者同士の信頼もなくなり、印章がそういう経路をたどっているのと同様に企業の社会的接点が希薄になってゆくことだろうと、大げさなようで、実は印章の精神性とは、そう言うところに大きく関与してきたのが日本という国であります。

どうか「OSHIDE」の新規事業の展開を今後ともよろしくお願い申し上げます。

https://oshide-gift.studio.site/

 

posted: 2026年 9月 17日

真面目な印章人への提言

虹立つも消ゆるも音を立てずして

【作者】山口波津女

 

 

問屋さんからの請求書には、新商品やお知らせが入っています。今年に入り、新商品は、本当に新商品?と疑うようなありきたりの着せ替え人形のようなもの、それに反して、連続して続く値上げと生産中止、廃番のお知らせを見ていると、業界が新しく変化しているのではなく、縮小し始めていると感じています。そんなことばかり言っているので、業界関係者からは嫌われていますが、みなさん、どうなさっておられるのかなと不思議で仕方がありません。

 

 

【印章技術の習得にきちんと向かい、それを仕事のなかに還元されている真面目な印章人のみなさんへ】

 

印章自体の歴史は古く、日本においても渡来の印章以前からの「OSHIDE(おしで)」という土台の時期を含めると、文字以前からの歴史を有するのが印章です。今、真面目な技術者が駆使されている技術も400年以上の歴史に裏打ちされています。その技術が危機に扮しているというので、印章から生まれるデザインを発信しようと、コロナ禍以降に個展やクラウドファンディングなどをして来ました。先日も私の印章をよく知っていて下さる方から2件のデザインのご依頼を頂きましたが、約1年ぶりのご依頼となります。印章にあるデザイン性とその美を私なりに発信してきたつもりなのですが、デザイン業界も厳しく、個人でもAIを使えば、簡単にロゴやデザインを作製してくれる状況であります。それだけでなく、他業界からデザインの世界に入り、お客様に浸透していくには、デザインの業界以上の努力をしなければなりません。飛び込み営業で印章やそのデザイン性について簡単には理解して頂けないのは当然のことだと思います。技術はただ彫ることのみで、美は篆刻芸術という思考が技術者の間でも当たり前であったので、また吉相体や印相体という易的な付加価値に右往左往してきたのが現状なのかも知れません。

今や、デザイン業界からも実用の印章の市場に入り込まれ、それにまたまた右往左往するのではなく、400年の印章技術という、繋いできたデザイン性、工藝としての在り方に確信を抱き、自分の中に蓄積されたその歴史の中に位置づく自分自身を表現していけば、必ず道は開かれると思います。

コロナ禍以降に、多くの技術者の廃業を目にして来ました。このままでは、私と同世代に命を懸けて修業を積んだ工人はいなくなるのではと危惧します。

 

私より若い世代の技術者のみなさんへ・・・

流行りなどに惑わされずに、それに迎合せず、右往左往せずに印章とその歴史、在り方にしっかりと目を向けましょう。また、小さくなってしまった印章業界という狭い範疇で思考するのではなく、印章の元始までさかのぼり、その精神性から学び、今を見つめてほしいと思います。

私はもう10年は仕事をしたいので、自分を活かすために、変化していきたいと考えています。共に頑張りましょう!

 

posted: 2026年 8月 27日

OSHIDEの新企画、始動!

飲馴れし井水の恋し夏の旅

【作者】幸田露伴

 

 

【馴染む】

今から30数年前、高松から大阪に戻り、「三田村印章店」を開業しました。大阪の印鑑屋さん組合(大阪府印章業協同組合)にも入れて頂きました。組合の支部長からすぐに理事となり、加盟以前からお世話になっていた技術講習会や大印展を運営していた技術委員会(当時は技術部と呼ばれていました)に技術部員のお役目を頂きました。技術部員としての最初のお役目は、月に一度の技術講習会で、午後からの休憩時間にお茶の時間(大阪では茶をしばく)に講習生からお金を預かり、それで缶コーヒーやお茶などの飲み物を買ってくる係でした。今振り返ると先輩のYさんの計らいだと思うのですが、みんなに「馴染む」ため、技術部員として認めてもらうためだったのだと思います。講習生との繋がりもできたし、技術部員としての下積み仕事をすることにより、先輩技術部の面々にも認められていきました。

 

 

印章も大陸から入って来たので、さあ!使いましょうということにはならなかったのだろうと考えます。あくまで想像なのですが・・・。やはり下地があったからこそ、輸入物の印章は馴染んでいって、途中には花押というサイン文化の時代もあったが、生き残り続いて来たのだと思います。【馴染む】ための下地は作られたのだと想像します。金印があったり、大連之印が顔をのぞかせたりと・・・。

その時代のことを和訓での「(OSHIDE)おしで」の世界と捉えて、印章の危機である今こそ、下地を作った時代にもう一度学び直す必要があるのではないだろうか。何の為の印章なのか?印鑑屋のための印章では駄目だと考えます。

 

AIに聞くと、印章はなくならないだろうと回答されます。実印などは残ると・・・しかしながら、今年に入って個人の実印は減少傾向です。ハンコを使うことが想像しにくい時代で、目の前の押印はきちんとした印章でなくとも、銀行印もいるから早く安いやつで、でも少し良いモノも欲しい、良いモノ=変わったデザインのハンコ、そう言う需要はあると思いますが、あまりにもきちんとした印章や印影、ハンコの持つデザイン性について発信されなかった。とりわけ、この30年くらいは尚更、だから消費者に判断能力をもたらさなかった。美といえば篆刻印や落款印・・・それのみで、実用印章の美は業界内部・・・それでは伝わらない。ある意味、自己満足。

今年の個人印の減少に反して、今現在も三田村印章店が存在しているのは、法人印の需要増でした。とりわけこの夏にかけて。

 

 

OSHIDEの新企画は法人に向けてとなります。8月末に向けて、ここ数年、法人印を作製していただいた企業様に向けて只今ダイレクトメールを作製するためにリストの製作が完了しました。こんなにあるんやなと、リスト担当の妻と有難さを噛みしめています。

 

 

≪備忘録≫

古代の印章について調べていたら、ふと嘗ての全印協技術委員会時代の先輩T先生がおっしゃっていたことを思い出す。「日本最古の印章は大連之印(おおむらじのいん)であるが、それを一度も見たことはないし、どこに収蔵されているのかもわからない。」と・・・確かに、日本に中国大陸から印制が伝わる以前の古墳時代、皇極天皇の頃(642年)の印章であるらしい。AIに聞いてみると、どうやら奈良の七支刀で有名な石上神社にあるらしいが、あくまであるらしいである。石上神社のHPの宝物一覧には古墳時代の宝物は掲載されているが、大連之印については触れられていない。手持ちの印章史の全ての書籍を調べるが、大連之印についての記述はほぼない、印鑑屋さんの『印章教科書』には記載があるし、ネットでもその事を言っているのは、ほぼ印鑑屋さんである。印影もあるが、印制無き世に、一体何に使われていたのだろうか?不思議だ・・・古代印章や日本の印章の始まりを調べると、とても不思議なことにぶつかる。何故だろう?やはりOSIDEの世界と見てみると、なんとなく納得がいく、これも不思議だ。

posted: 2026年 8月 22日

「OSHIDE」祈願に

「OSHIDE」のマーケティングを8月中に完了するために、企画を進行してきていますが、ふと、何かが欠けていると気づいたのが最近のことです。

嘗ての船場の商売人が、新事業や新商品の売り出し、新しいお得意さんとの契約の時に、成功裏に事が運びますようにと手を合わせに出かけたのが、下鴨神社の瑞垣の本殿の真横に鎮座している「印璽社」であります。

「OSHIDE」の祈願に下鴨神社に参らねば、事の支柱を誤るところでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで、「印章の日」や「印章祈願祭」のみに目がいっていたのですが、それらは制度下の業界行事であります。そう言うと、それを批判しているかのように錯覚されがちなのですが、その制度を受け入れた根本である土壌としての印璽大神(おしでのおおかみ)に手を合わさねば、それを継承していくことにはならないと考えています。

この日は、お天気も良く、境内では白無垢を着たお嫁さんやお宮参りのご家族の姿を拝見しました。本堂に参詣して、お隣の「印社」と札にしるしてある印璽社に手を合わせました。後で末社の「印納社」には印章制度が続きますようにと手を合わせましたが、「印璽社」には次のようにお参りしました。・・・先ずは、自分がしようとしている「OSHIDE」の商品企画が上手く事が運びますようにとの祈願を致しました。そこから派生する新業態としての「OSHIDE」が、人と人との「約束」を大切にしていく社会であることが変わらないように続いて、工藝としての印章が続いて行きますようにと祈願させて頂きました。

お参りを終えて、出町柳にまで来ているのだからと、出町の「ふたば」で水無月をゲットしようとお店の方にいきましたが、長い行列で45分待ちとのこと。ここでの購入は断念して、稲荷「ふたば」に向かいました。伏見稲荷大社の北川にある「印璽大神」をお祭りしている社にも手を合わせてきました。幼少期から伏見稲荷にはお参りしておりますが、ここにはズ~と気が付かないままでした。「OSHIDE」の事業をきっかけに色々なところに目が行くようになり、これもご縁と感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、新しい週です。「OSHIDE」のこともあり、通常の仕事もほんのちょっとだけ忙しくさせて頂いておりますが、この事はしっかりと記録として残しておきたく文章にいたした。

 

posted: 2026年 6月 15日

TOKYOタクシー

久しぶりに妻と映画鑑賞。『TOKYOタクシー』

https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/

 

寅さん世代の方が多く、60代~70代かな・・・

キムタクはやっぱりハンサムで、倍賞千恵子の挿入歌『星屑の町』は心を温かくしてくれました。

https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%98%9f%e5%b1%91%e3%81%ae%e7%94%ba&&mid=0B624B8C52B42FA8F3C60B624B8C52B42FA8F3C6&FORM=VAMGZC

 

心が優しくなる映画でした。

その心がずっと続くならいいのですが・・・今朝、雨の通勤途上で狭い歩道を足早に抜かれた時に、傘があたりました。心の中で、「ちっ!」と腹を立てています。自分も急がなくてもよいのに急いでいます。礼節のない行為を咎めてしまいます。

 

 

我々は、何をそんなに事を急いで、整合性のないことを咎めたり、自分の正義を振りかざしてしまうのでしょうか。無駄なことや遠回りなことは、ダメで役立たずなのでしょうか。

先日から立て続けに紹介しています塚原龍雲さんの著書『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか』のなかで、同じようなことが語られていました。

・・・AI(人工知能)などの技術革新、そしてグローバル化によって人の暮らしが大きく変わってきたなかで、本当に大切なものを捨ててしまってはいないか。例えば移動手段の発達は僕らの生活をものすごく便利にしてくれたけれど、車にばかり乗ることで川の音や風を感じず、自然を忘れてしまっているかもしれない。地方に行って田んぼ道を歩き、そこの香りや虫の声を聞いていると、便利になり過ぎたがゆえに、人として本来持っていた感性が鈍っていたことに気づくことがある。近所の人と顔を合わせて挨拶する機会も減っているだろう。

同じように、進化したAIはこれまで人間が担ってきたしごとを代替し、あるいは人を超えた力を発揮しつつあるが、こうした変革の陰で何かが抜け落ちてはいないだろうか。「便利さ」を追求した結果、気づかぬうちに失ってしまった「豊かさ」もあるだろう。・・・いまから昔に戻れるわけでもない。ただ、少なくともここで一度立ち止まり、無意識に失ってしまった豊かさを見つめ直してみることも大切ではないだろうか。・・・(中略)・・・「ただ安心安全に生きるだけの社会」から「生きるに値する社会」へと移行する。そんな世の中で、手しごとの価値が再発見される日は近いだろう。

posted: 2025年 11月 25日

審査員作品づくり

あつきものむかし大坂夏御陣

【作者】夏目漱石

 

 

暑くて干からびそうになります。

干からびそうな状態は、気温のみでなく商売においても干からびそうであります。

六月の忙しさが嘘のように凪状態となりました。

間があいたので、来週土曜日にある審査会に持参する作品の蛇足として実印の部も作製してみました。

課題は「青山剛昌」。

『名探偵コナン』でおなじみの漫画家で、鳥取県の出身とのこと。

中国地域の印章組合さんの大会を鳥取でされるので、それにちなんだ課題であるようです。

角印は競技会式の彫刻方法でいたしましたが、実印となると、青山さんにお渡しするような気持ちになり、普段の仕事を意識してわたくしの彫り方で作製してみました。

 

posted: 2025年 7月 5日

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