落款印のご依頼

昨日、ご依頼いただいた落款印をお渡ししたお客様のお話。
そのお客様は、プロのカメラマン。
昨年、雑誌『PHP』の取材の時にお世話になりました。


そのご縁より、ご自身の作品の冊子にアルファベットのサインにあった落款印をと、ご依頼いただきました。
時節柄、大変遅くなりご迷惑をおかけしましたが、その日すぐにFBに記事と写真をアップ頂き、恐縮しております。
有難うございました。

連休明けの5月16日から22日まで、(公社)日本広告写真家協会の展覧会が、キャノンギャラリー大阪にて開催されます。
氏の写真も展示されるとのことです。

posted: 2019年 4月 17日

本当の商売人とは

繁忙期なのに、毎朝うるさいというお声もありますが、この時期だからこそ言っておかないといけないこともあります。
以前は、わりと商業主義とモノづくりを対立軸のように考えていましたが、印章業においては、それで突っ走ると業は滅びてなくなります。
印章業が滅びてなくなるということは、実用印章が社会から抹殺されるということです。
篆刻などの芸術文化としての印章は残るのでしょうか?
それも日本の篆刻界に果たしてきた印章業界の役割を考えると、その文化さえ危ういと私は思います。
本当の商売人なら、印章の根幹である「世に一つの印章」という商品をつくる技術を大切に守るべきです。
そうしないと、「おしで」としての思想は日本人の中に残っても、印章に未来はありません。
いや、印章無き世には、「おしで」としての思想さえ日本人は見失うかもしれません。
印章業者の役割は大きいのです。

posted: 2019年 4月 12日

印章という商材

印章業界というのは、印章を商材にしているから印章業界だと私は思います。
その印章は、社会から必要とされる価値を持っていて、尚且つ需要があるから商売として成立しています。
ですので、それを維持するためには、印章がきちんとした印章であり、きちんとした商品でなければなりません。
印章業者が自らその価値を貶めていたのでは、業として成り立たなくなるのは当たり前で、それに代わる商材?を模索されても不思議ではないと思います。
印章という商品が印章業のほんの一部の商材であるというのは、とても不思議なことだと思います。
カメラのフィルム業界が他に転じたのとは、また次元が違う問題だと思います。
この春、売り上げが落ちた・・・昨年比2割減とよく聞きます。
昨年が前年比より落ちてきているので、5年前と比べると・・・個店での努力はされているのですが、社会的業界環境を変えていくのは、個店の努力では及びません。
そちらに目を向けていくことが、商売の発展と、業界の発展に繋がり、ひいては印章制度と印章文化を守ることになると強く考えます。
思考を転換することから始めないと!

posted: 2019年 4月 11日

17年前

平成12年8月に全日印連の福岡大会で発足しましたのが全国印章技能士会連合会であります。
その第2回通常総会(平成14年)において、当時の全日印連及び全印技連のM会長の挨拶の一部をご紹介致します。
・・・前略・・・「本来印章は技術を基本にした本人を証明する道具であり、唯一無二こそが生命です。
お客様の分身として愛蔵される印章とは、作者の個性が作り手と使い手に心を通わせ、使い手に満足を与える作者の創造性が唯一無二を産むのではないでしょうか。
作者の創造性の唯一無二を生む事が基本であり頑なに伝統を守りながら、さらに現代の感覚を折込みながら、
将来ある作品こそが伝統技術の後継者だと、古い昔に戻る事なく古き良き伝統を取り出し、それを今に結び付け、
さらに未来への提案を投げ掛けるそんな作品の発表の場を、日々研鑽に励む皆様にご指導されたい」・・・後略
17年前のこの言葉どおりに、経営者も技術者もその意識を堅持していたらと悔やんでなりません。

posted: 2019年 4月 10日

物の価値と社会の価値

この賞状、価値が上がるかな・・・?

物の価値を決定づけるにはいろいろな尺度や要素があると思います。
商品の価値が下がれば、値段の安いものが売りやすくなります。
そして、より安い商品を目指して、企業努力?をされるので、ますます商品の価値が下がっていきます。
その為には、その商品を構成している何かのコストを下げなければなりません。
それが技術としますと、技術力を落とさねばなりません。
その為には、その商品全体の在り方において、技術の水準を下げなければなりません。

そうして、どんどんと価値の下がったその商品を価値があるものですよ!といくら叫んでも、消費者は誰も見向きもしなくなり、社会から抹殺されて行きます。
商品価値とその中の技術水準を下げつくした人達は、我関せずに次の流行りを目指して経営努力されます。
その時には、一度滅びた技術の復活はあり得ないし、出てきたところで三文芝居となってしまうことだろうと想像します。

この賞状は、「なにわの名工」と呼ばれる技能の顕功彰です。
他県のそれと比べて貧弱です。
嘗ては、賞状と共に楯もついていました。
予算が削られたのでしょうが・・・
どんな組織や行政、国家においても、モノづくりをスローガンとしてのみとらえ、現場軽視をしていると、物の価値どころか社会の価値が下がっていく・・・国の価値もやがては下がる・・・そういう時代を迎えると想像します。

良き大阪、モノづくりを大切にして頂ける大阪となることを心より祈念いたします。

posted: 2019年 4月 8日

桜と日本的霊性

老桜 人のとよみに 咲き倦める
【作者】日野草城

少し説明のいる句かなと思いますので、大まかにですが説明をします。
老桜(おいざくら)が、人々の響(とよみ=どよみ)《騒がしい状態》に咲きあぐねているということのようです。

大阪も桜色に変わりつつあります。
桜を愛でるというのは、理屈ではなく受け継がれてきた感性の世界です。
その感性の下地は、日本人に共通の日本的霊性であります。

印章もデジタル化推進の邪魔者扱いをされていますが、「おしで」という日本的霊性の下地の元、その重要性が強調されてきました。
伝統文化に限らず、日本的霊性が存在するから日本文化を形成しているのだと考えます。
デジタル化が推進される今日、なんとか印章を残そう、デジタル化の邪魔にならないようにこっそりと・・・それでは、印章は無くなるし、日本文化は日本的霊性を持たない薄べったいものに変容され、世界に共通項は増えるかもしれませんが、日本独自のモノは残らない世の中が形成され、大切なものが次世代に継承されなくなります。
違いを認め合わない世界共通化に何の意味があるのでしょうか?

そして、桜を見ても「ああ、キレイ・・・」で終わり、けっして「桜を愛でる」というところには行きつかないであろうし、桜の俳句など読まれない世の中になっていくのだろうと思います。
印章がデジタル化の障害物と捉えられるなら、次は桜も世界共通化の障害物と捉えられ日本から伐採される日もあるのかも知れませんね。

森昌子さんの芸能界引退の理由の一つに60歳になり、ゆっくりとした人生を暮らしていきたいとブログで書かれていました。
周りを響(とよみ)と感じて、自ら老桜と自覚されてのことだと思います。
私も今年還暦を迎えます。
ボチボチ考えないと・・・断捨離の方向に・・・。

posted: 2019年 3月 29日

お彼岸

何まよふ ひがんの入日 人だかり
【作者】上嶋鬼貫(うえじま おにつら)

明日は、春分の日、彼岸の中日です。
その頃になると、ご先祖さんに手を合わせようと思いますが、秋も春も大印展関連でお墓参りにも行けていない信仰心のない自らを反省します。
普段は、それ以上に忘れています・・・。

最近、デジタル手続き法案関連の記事を多く目にする中で、「脱印鑑社会」や「何故はんこ文化はなくならない」、「ハンコ文化よ、絶滅しろ!」というキャンペーンまがいをよく目耳にします。
印章業界も、デジタルガバメントの話があってから急に「印章文化を守ろう!」というスローガンを叫び始めています。
文化という捉え方が、流行りの言葉に文化を足したような~文化があります。
例にあげると、差しさわりもありますので止めますが、そういう文化と肩を並べるように印章文化を捉えられると、少し違うのではと危惧致します。
本当に印章文化は残さねばならないのか
何のために残すのか
そもそも印章文化とは何か
それをきちんと説明できないで、困った時の先祖だよりのように、印章文化にすがっても、ご先祖様はなにも応えてくれないと思うのですが・・・。
そして、印章文化と言えるような印章を作製してお客様にお渡ししているのだろうか?

明日は、そんな事も考えながら、ご先祖様がはんこ屋さんの人は、お墓に手を合わせて考えてみて下さい。
私は、大印展の「課題決定審査会」ですので、後日お墓参りに行きたいと思います。

posted: 2019年 3月 20日

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