不器用な検定人生でした

暮色もて人とつながる坂二月

【作者】野沢節子

 

一昨日、本当に大変であった印章彫刻の技能検定(国家検定)実技試験が終了しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は後ろからのその時の風景です。

優秀なスタッフのお蔭で、案外早く無事に終了しました。

帰宅後、熱燗を呑みながらBSで映画『駅―STATION』を見ました。

この映画は、私の中でトップ3に入るお気に入りです。

円谷幸吉選手の遺書が、高倉健の演じる英次が自らの仕事とオリンピック選手指導の間で苦悶する様子と重なります。

「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、モチも美味しゅうございました。

敏雄兄、姉上様、おすし美味しゅうございました。

克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しゅうございました。

巌兄、姉上様、しそめし、南蛮漬け美味しゅうございました。

喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しゅうございました又いつも洗濯ありがとうございました・・・父上様母上様、幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません・・・何卒お許し下さい・・・」

もう何十回見たか分かりませんが、今回心に最も響いた英次の言葉は・・・

英次の上司が、「今回はオリンピックの指導は降りてくれ。道警の射撃手養成にあたってくれ。」と言った言葉に対して、「私は一介の刑事です。上の指示に従うだけです。」というシーンでした。

もう一つは桐子の章で、桐子の旦那(指名手配者)を射撃殺害した英次が、駅の薪ストーブにしたためていた辞表を放り込んだシーンです。

今までの鑑賞では、この言葉やシーンには引っかかりませんでした。

還暦を回っての技能検定最前線は、今までで最高の受検者数とコロナ禍ということでとても大変な役割(指示)でした。

ずっと、上の指示(それさえ理解していなかった上もおられましたが)に従い努めてまいりました。

今回、大阪府職業能力開発協会から視察においでいただいた方とお話していると、私も名工や黄綬褒賞受章の折にいろいろとお世話になったHさんがこの3月で定年退職されるとお聞きしました。

ちょうど、私も今回で技能検定最前線から足を洗わせて頂きます。

本当にお世話になりました。

 

 

posted: 2022年 2月 15日

愛しきものよ、これにてさようなら。

うすぐもり都のすみれ咲きにけり

【作者】室生犀星

 

昨日の家内との早朝散歩は、とても寒かった。

この日は、印章彫刻技能検定の実技試験も全国的に多く、受検者もですが、それより早く段取りをされる検定員や補佐員、事務員のみなさんは更に大変であったと思います。

ご苦労様でした。

私も散髪をしてから、自分の店で次の日曜日に実施することとなっています技能検定の準備をしていました。

一つひとつ進めていきましたが、膨大な量に圧倒され、とても疲れました。

コロナの感染拡大に歯止めが利かない大阪ですので、みんなで集まれないということと、会場が組合の会館の使用不可との理事会決定を受け、公の施設で検定最終日に実施となりましたので、1人での段取りとなりました。

(勿論、当日は検定員、補佐員、事務員のメンバーの力をお借りして運営します。)

受検者数は、私が今まで関わってきたなかで、一番多い人数です。

各地の状況がいち早くFacebookで発信されていました。

どうやら、濃厚接触の可能性のある方や、時節柄インフルエンザなどでの欠席者もおられるようです。

今からは、当日何もなく無事に受検者が検定試験に普段の力を発揮されることを祈るしかありません。

写真の本は、同業のFB友達から紹介を頂き、昨日本屋さんで購入しました。

小説好きの私ですので、文豪の検印は興味深く拝見させて頂きました。

有難うございました。

よくよく考えてみると、昭和40年代から検印が消えていったそうです。

著者の文章に、「消え去るものは、なべて、愛おしい。」とあります。

今!認印も消え去るものとして、愛おしがられているのだろうか。

それでよいのだろうか。

取りあえず、私にとって最後にいたします愛おしき技能検定実施のために、13日の実技試験と、その後の諸々から、検定合格証書の配布まで有終の美を飾りたいと強く思っています。

これにて、さようなら。

 

posted: 2022年 2月 7日

年取豆

恐るべき年取豆の多きかな

【作者】木村たみ子

何時の頃からだろうか、節分の豆を食べなくなった。

子どもの頃は、その年齢のやっつだとか、ここのつしか食べれなく、大人のひとをうらやましく思っていた。

今食べると63粒も食べなくてはいけない。

そんなにいらないどころか、口が乾くので一粒もいらない。

乾燥しているので、のど飴の方が助かる。

ひとは勝手な生き物であります。

きちんとした人にあこがれ、理路整然と話される方をいいひと、すごいひとと思ってきましたが、この頃ひとの見方も年と共に変わって来ました。

どんなにきちんと話される方でも、何か共鳴できない人は追い求めないようにしています。

義理を欠いては生きることができないので、それ相応の関係でいます。

ふとした出会い、お客様との出会いもそうなのですが、私のようなたどたどしい職人の説明に興味深く耳を傾けてくださるひとの中には、とても共鳴する場合があります。

一期一会というのでしょうか。

そんな人間関係を大事にしていきたいと強く思うようになりました。

節分は、一年の氣を分ける節目です。

新しい年にいい一期一会がありますように。

みなさんにもありますように。

そして、今日も一期一会の印面に向かえることに感謝。

posted: 2022年 2月 3日

鬼と聻

鬼もまた心のかたち豆を打つ

【作者】中原道夫

 

お店の近所に大きなタワーマンションが建ちました。

最初の建設予定では、ホテルと言われていたのですが、居住用のマンションになりました。

その入居が、先週の土曜日当たりから始まり、引っ越し屋さんのトラックが長く列をつくって、昨日などはそのピークでありました。

今朝も早くから引っ越し作業が続いていました。

大阪のど真ん中、嘗て小学校で社会の副読本で習ったのは、昼間に市内の中心に働きに来られて、夜は近郊に帰宅されるという昼間人口と夜間人口の格差が大きいドーナッツ現象と教えられました。

ところが、今夜間人口の増加(居住地を大阪市内の中心に移行する)という現象が起きていて、小学校の増築も進んでいます。

何がどうなるか、50年前には読めなかった現象でしょうね。

ハンコもここまで社会的信用を失うとは、誰も想像していなかったのでしょうね。

胡坐をかいて、ボーとしているとこうなります。

コロナ禍だからと、何もしないともっと悪化していく事だろうと、そのぐらいは鈍感な私でも想像できますが・・・。

明日は、もう2月ですねと、先ほど来店された業者の方とお話していました。

どうなるのでしょうねと・・・。

2月3日は節分ですね。

写真は、新しい巨大なタワマンの近所のお寺に貼られていたものです。

人は死ぬとみんな鬼になるんですよ。

戸籍を抹消され鬼籍にいれられるのです。

その鬼が怖がるも文字は、「聻」です。

老舗旅館や老舗企業などには、これを掲げているところが今も残っていると聞きます。

posted: 2022年 1月 31日

一円玉

ひと口を残すおかはり春隣

【作者】麻里伊

 

昨日のブログ(アメブロ)は好評であったようで、アクセス数が多かったです。

4年前に書いた「仮想通貨」のリブログでしたが、最後に書いた「最近は貨幣(硬貨)が邪魔者扱いにされている」「一円玉の旅がらす・・・♪という歌はもうなくなるのかな?」と書きました。

それを書いていて、職人の歌『村の鍛冶屋』も歌わなくなり、文部省唱歌からも外され、もうとっくに教科書から姿を消しているということを思い出しました。

『村の鍛冶屋』は何故職人の歌かと言いますと・・・・

①鉄砲や刀を作るのではなく、鋤や鍬などの働く人の為の道具を作製している。

②それを作る(働く)ために健康に注意しながら朝早くから勤勉に務める。

③良い物を作るために精魂込めて、その技術の向上に日夜務める。

④その結果、とても素晴らしい道具が出来上がる。

⑤それは世に評判を呼び、多くの人がそれを求め繁盛する。

そういう一連の流れの繰り返しです。

しかし、その歌が歌われなくなったのは、鞴(ふいご)が小学生に理解できないし、鍛冶屋そのものが見られなくなったというのが理由です。

本当に、そういう理由からだろうか?

  • から⑤までの当たり前の働く風景が、この日本から無くなっているという事

ではないかな?それを想像できるだけの心の風景を持たない日本人が多くなったからではないかなと、「一円玉の旅がらす・・・♪」という歌から派生して思いました。

昔、親に言われたことは「一円玉を笑うものは、一円玉に泣くんやで、一円足らんから電車に乗れないし、好きなキャラメルも買えないんやで・・・」と。

posted: 2022年 1月 28日

優しい寅

新年あけましておめでとうございます。

 

大晦日に掃除して、お花をお供えしたお墓に、早朝から家内と初墓参致しました。

その足で、氏神様の生魂さんに初詣致しました。

昨年もいただきました土鈴を拝受いたしまして、早速店頭に飾りました。

購入時に巫女さんに「これ寅ですね?」と尋ねると、そばから家内が「猫みたいな寅」と・・・。

勇猛な寅もよいですが、そのお顔が優しい寅は、「あまり吠えるな」と私を戒めているような気になりました。

ご先祖様から受け継いだ氏と、両親の愛情と想いが込められた名を、先人の知恵と長年培ってきた技術をもって、姿の美しい印章をお作りさせていただけるように精魂込めて勤めさせて頂きます。

本年も変わらぬご愛顧を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

尚、店の営業は5日からとさせて頂きます。

 

三田村印章店店主 煕菴 拝

posted: 2022年 1月 1日

神との契約から人との契約へ

日本でいつごろから印章が使われるようになったかを裏付ける資料が残されていないので、それは定かではありません。

門田先生は、その著書『はんこと日本人』のなかで、次のように推理されています。

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『日本書紀』の持統天皇六年(692)九月丙午の条に神祇官が奏上して、神宝書四巻、鑰九個と木印一個を天皇に差し上げたという記事があり、古訓では木印を「きのおして」と読んでいる。「おして」というのはもともと掌による押捺、すなわち手形を指すものと解されており、このような風習があったところに大陸から印章が流入してきたために機能の同一性から、木印のことを木製の「おして」と解したという説もあるが、実際にはどのようなものかはっきりしない。

ただし、この木印は神宝などとともに進上していることからみても、公文書に使用する官印とは異なり、信仰にかかわるものであったとみられる。律令時代になって、国府の近くなどで印鑰(いんやく)神社として印章とかぎをまつるようになったのも、これらが信仰にかかわるものであったことを示している。

・・・・・・・・・・・

下鴨神社の「おしでの大神」もこの印鑰神社としての役割を果たしてきたのだと思います。

大阪、船場界隈の商家の言い伝えでは、大きな契約を取り結ぶ時には、下鴨さんにお参りに行けという話もあるらしい。

印と鑰は契約を司る代表と言えるのではないだろうか。

以前、フェイスブックの記事に赤木先生が漆のお椀での食事は、神との交流の場であるというようなことを書かれていたのを読んでピンと来たことがあります。

印章、「おして」は神との契約が派生して、実用として人と人との契約に繋がっていったのではないかなと。

藤本胤峯著『印章と人生』には、「昔から印を刻る人はあっても、印を押捺する人はない、といわれるほどに捺印法は難しいものである。」として、印肉の付け方と印褥を使用することをあげ、最後に以下のような文章で捺印の精神を述べられている。

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印章に軽く目礼し、臍下丹田に力をこめて、ゆるやかに紙面に押し、指先で「の」の字を書く如く廻す気持で力を入れて「し」の字に引くように離すのである。

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まさに神との交流、交信の場としての捺印法であると、今更ながら藤本先生の偉大さが身に染みて理解できる年となったかなと思います。

技術的に印影を美しくとる方法を教授して頂いた先生先輩方は多くおられましたが、使用者としての捺印法をきちんと述べられた方は藤本先生以外おられませんでした。

 

少し難しいお話であったかもしれませんが、朝起きて夢うつつの記憶を記録しておきたかったので、お許し下さいませ。

 

 

 

posted: 2021年 12月 25日

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