五月の鷹は高く飛ぶ

目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹
【作者】寺山修司


写真は、本日付け毎日新聞朝刊です。
朝日、サンケイ、読売と同じ内容の記事が掲載されています。
はんこ屋さんからは、「おいおい、何をマイナスな記事を発信しているのか!」と叱責を受けそうですが、私からすると、「おいおい、ここまで言われるくらい印章の価値を貶めたのは誰ですか?」と問い直したいので、発信させて頂きます。
世はコロナウイルスに感染され非常事態宣言下にあります。
この記事には記載されていませんが、ネットニュースでは経団連会長が印章業界に決定打を浴びせています。
・・・・「はんこはナンセンス。全て署名や電子署名でいい。はんこはIDのシステムで、印影をIDとして頼るカルチャーは今のデジタルの時代に合わない」として、はんこは「美術品として残せばいい」と語った。
経団連会長様
このままでは、はんこは美術品としても残せません。
書の一部門の篆刻としては、残っていくでしょうが、実用印章の美は、それを支える技術者の消失により、継承されずに滅んでいきます。
経団連会長様
残せる秘策があれば、ご教授下さいませ。

今日は、春の褒章のプレスリリースです。
業界関係者の受章はありませんでした。
技能検定も手放し、印章が社会的障壁として捉えられるようになれば、現代の名工や黄綬褒章も手放すことに繋がるだろうと推察致します。

五月の鷹は、どこへ消えていったのだろう・・・。

posted: 2020年 4月 28日

大印展は中止ですが、技術継承のための企画を模索中です

ことごとく箱空にして春惜しむ
【作者】川村智香子

フェイスブックの記事を読んで、わざわざ技術委員長が来てくれました。
大印展は中止ですが、技術継承の為の代替案を模索中とのことです。
その意志を確認できました。
以下の文章を発信して良かったです。

残念無念で山にでも籠りたい境地です。
昨日、技術委員長より大印展の中止の報告があり、公表してもよいとのことでしたので嘆きのつぶやきです。
ここ数年、ゴールデンウイークの期間を利用して、心身をリフレッシュさせることを目的に安曇野に行っていました。
しかし、それも今年は出来ませんが、あまり誰とも会いたくない気分です。
大印展が中止になったことは、組合や理事会が悪いのではないことは、理解できます。
このコロナ禍は、人の気持ちの中にも入り込み汚染していきます。
人と人との分断をしていくようです。
だから大印展が中止になったことを誰か特定の人の仕業にしたくはありません。
しかし人と人との関係を分断するのと同様に、人と次の人との関係をも分断したことは事実であります。
そう、技術継承の分断です。
大印展は組合行事でありますが、半世紀以上前に技術講習会の技術発表の場としてスタートし、技術継承の場としての位置づけが大きい展覧会であり、単なるイベントではないということです。
今年の中止は、後を引くと思います。
業界が成長していた時代ならいざ知らず、印章が邪魔者扱いされているような時代において、一回の中止は、イベントとしての中止なら来年頑張ろうでよいと思うのですが、来年に技術者が元気に出品して頂けるかどうかは、様々な意味で大いに疑問があります。

技術講習会があるところも限られています。
大阪の技術講習会も近畿にとどまらず、九州、東海からも来られています。
しかし、通えない事情を抱えておられる地方の方は、毎年開催される大印展で自らの技術をチェックされている方も多くおられます。
そういう場が無くなったということです。
コロナ禍の現下、かろうじて(公社)全日本印章業協会主催の大競技会は6月に審査日を予定されていますが、他の全ての技術継承がストップしています。
技術空白期間が発生しています。
空白期は、コロナ収束の後に、動き出すのかと言えば、そうはならないだろうと推測いたします。
この空白期間は、後退期であります。
そして、令和4年度後期技能検定に向かっています。
空白期のまま、それに向かっているのです。
代替案は何も提案されません。
私が出来ることは、大阪の技術講習会の通信添削の運営くらいです。

私自身の技術や印章の情報発信は、この連休も続けていこうと思っていますが、おそらく違った観点に変わっていくことと思います。
業界の技術継承は死んだに等しいと個人的には思います。
全てが空箱になったような気分の冒頭の句が心情をよく表してくれています。
昨日、悔いは残したくないので気持ちを吐露しておいてよかったです。
無理なんだろうが、代替案が欲しかったなぁ~。
・・・・・・・・

→代替案を探ろうという意志を確認できました。
意志があれば、可能だと思います。
大印展は、出来ない事態ですが、何もしないとドンドンと後退していきます。
大印展は出来なくとも、方法はあるはずです。
フェイスブックには、審査員と出品者のみなさんからアイデアを頂きました。
何もしないと何も変わらない、IT大臣がハンコは出来るだけ省いた方がとか、ハンコ技連の会長を降りても良いという風見鶏のような発言をされています。
何も言わないと本当に印章が無くなります。
そういう情勢です。

posted: 2020年 4月 25日

拝啓、印章様

わが鬱の淵の深さに菫咲く
【作者】馬場駿吉

テレビニュースの中までも、リモートワークの邪魔者扱いをされている印章に手紙を書いてみたく思いました。

拝啓、印章様
貴方が生まれたメソポタミアの地は、今は外からの欲目で戦火に堪えない地ですが、そこにもウイルスの広がりが見られます。
多くの人が、戦争と共に病にも犯されています。
貴方が通ってきた道・・・シルクロードにもウイルスが蔓延しています。
その道の最終地点の正倉院から全国に律令制度ともに広がり、政(まつりごと)を司るために、人と人との約束事、契約の神様である「おしでの大神」の許しを得て、庶民の間にまで浸透し、「信証の具」として人の暮らしに寄り添い、人の命や権利を法と共に守ってきてくれました。
本当に長い間、お疲れ様でした。
ゆっくりと休養を取ってください。
ウイルスが静まり、人の気持ちに余裕が出来て、働き方も新たなる方向性を人が見いだせた時に、再び「おしでの大神」が貴方を呼び寄せ、もう一度人の為に働いてくれないかと言われた時には、再び世の人のお役に立っていただきたいと思います。
まだまだ、パソコン印章やフォント印章、オモチャのような印章が溢れかえっている現在ですが、やがてそれらもウイルスに感染し滅亡していくでしょう。
それまで、ゆっくりと静養してください。
くれぐれも近寄る甘言ウイルスにはお気を付けくださいませ。
敬具

令和2年4月22日
現代の名工 三田村 薫 拝

この手紙を書いていて、ふと思ったのですが、この手紙が印章さんの所にとどくころには、印章を彫刻する技術があるのかな・・・
今朝のテレビニュースで、三ツ星レストランのオーナーシェフが言っておられました。
「自粛で店を閉めて、命は助かるかもわからないが、飲食業界は崩壊して、経済的に殺される。
飲食業界に供給してくれている生産者が崩壊し、関連している様々な文化が崩壊していく、その内の一つが飲食文化です。」と・・・

posted: 2020年 4月 22日

コロナ禍に生きる印章不要論のウイルス

コロナ禍でも、印章不要論の論調は勢いを増すばかりです。
ネトウヨのようにあちこちで見聞きしたことをコピペされての論調なので、その土俵にのると巻き込まれてしまう恐れもありますが、テレワーク中に印章を押捺する必要に駆られ、命に係わる出社を強いられるとの論であります。
よく読んでいくと、印章を無くしたいという意図とその圧力を感じざるを得ません。
その論調にも問題点もあるのですが、それよりも怖く感じるのが、その論を受け入れる土壌を作られつつあるという事かも知れません。
それだけ、印章の価値が既に低落してしまっていると感じました。
パソコン印章やフォント印章を野放しにしてきた現状。
今日も印章アドバイザーとして某役所からの問い合わせに対応いたしました。
それが文字を勝手な解釈でグニャグニャと曲げたもので、原型の文字を拾い出すのに一苦労しました。
きちんとした印章をきちんとした形で提起していない業界やその組織
売れればよい式のパソコン印章やフォント印章の放置状態は、消費者の意識を啓発するどころか、業界の一部でオモチャのハンコを文化とまで持て囃すような論調を仕掛けたりと・・・
そういう中での今回のコロナ禍は、印章技術の空白期を誕生させようとしています。
勿論、命より大切なものはありません。
その命を持つ人と人との約束を具現化した「信証の具」が印章であります。
印章の本質は、唯一無二を産む職人の創作であるということです。
それには、技術継承という大切なことを果たさねば、成立しないことです。
技術継承は、昨日今日ではできません。
その継承現場が、コロナ禍により空白となっていることが一番の気がかりです。
大印技術講習会は、通信の道を模索し始めていますが、他の所はどうなのでしょうか。(全国的な交流組織がないのでわからないことも問題の一因)
仕方がないのは分かります。
仕方がないと放置すれば、印章不要論はドンドンとその土壌に肥やしをやり続けることでしょう。
このままでは、技術空白期間はある意味技術放棄期間となり、令和3年度後期にある技能検定は120名の受検者を集められなく、業界は技能検定を手放すこととなるだろうと思います。
それでも印章不要論は、当然論の様な顔をして闊歩していることでしょう。
それにパソコン印章やフォント印章は、太刀打ちできないことは然り、デジタル印章に摩耶化され、その本質を見失う結果未来が訪れることを一番危惧致します。
恐ろしきかなコロナ禍に生きる印章不要論のウイルス。

posted: 2020年 4月 15日

生花と造花

ひねりつつものの種まく太き指
【作者】森 俊人

『生花と造花』
写真は、家内が買ってきてくれた生花と以前よりある造花です。
水をやり、気を付けても生花は萎れ枯れる法を持っています。
造花は、水やりも要らずにそのままの状態を保持してくれているので便利です。
しかし、生きているという美しさに欠けますので、人は本物を嗜好するのかもしれません。
本物は、生きているがゆえに、同じものは一本とありません。
同種の花でも同じではありません。
自然の造形美を楽しませてくれます。
造花は、同じものが出来ます。
造花は、造花の役割があります。
病院などで、匂いや花粉を出してはいけない環境にも適応します。
そう役割があると思うのです。
インクで印影のような形を示してくれる文具があります。
事務的にとても便利だと思います。
しかし、これは印章のお友達の朱肉と仲が良くありません。
印章が朱肉と引き離されて、久しいですが、今度はデジタル画面でインクとも引き離そうとされています。
本体は要らないのです。
そうデジタルで表記されるという事は、もう誰にでも印影まがいの画像が作成されるのです。
パソコン印章やフォント印章の印影まがいも、誰にでも作製できます。
そこに技術などありません。
あったとしても、我々職人が呼称する「技術」ではなく、パソコン操作というノウハウくらいです。
勿論、パソコン画面のデジタル印章まがいには本体がありませんので、法的根拠はありません。
「捺しておく」という慣習は、印章が作ってきた大いなる歴史の産物です。
デジタルの利便性が更に進んでいくと、そこには印章の遺産である印影など目にしなくなることは必然であります。
日本人は、日本的霊性をかなぐり捨て、その道を進んでいくのでしょうか?
その内、オモチャのハンコも無くなることでしょう。
造花には造花の役割がありますが、生花には成り得ないのです。
役割分担は大切にしましょう。
その内、造花も無くなりますよ。

ものの種をまく指が細くなり、ぽきっと折れて、種をまけなくなりました。
花も咲かず実もできなく、収穫が無くなり国が滅びます。
そこに気付いてほしいと切に今は願うだけです。

posted: 2020年 4月 13日

アナログ人生も面白い

非常事態宣言発令中の大阪ですが、営業をしております。
昨日、大阪産業創造館のビジネス誌「Bplatz press」の印刷されたものを送って頂きました。
フェイスブックには8日に、産創館ホームページには10日に掲載頂いているhttps://bplatz.sansokan.jp/archives/category/202004/ のですが、昭和を引きずるジェネレーションの関係なのか、紙出ししたものを手に取り、自分と家内が掲載されているページをめくると、なんだかとても嬉しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

表紙の写真を見て思いました。
自分も含めて、みんな手元を真剣な眼差しで見つめている。
手元の商品が一番と考える人ばかりが掲載されています。
「最初わからんけど そのうちフッと作り方が見えてくる」・・・手作り万年筆・ボールペン、各種挽物の平井守さん
「残すことではなくて 伝えることが目的やね」・・・紙資料の修復、修理、複製の平田正和さん
「遊んでいる感覚で 仕事しているかも」・・・ガラス製品作製の新野恭平さん
ふむふむと頷けるお言葉です。
なかでも今私の心理状況に一番近い共鳴を頂いたのは、革製品の友禅染め、加工の竹口昌昭さんのお言葉「万人受けせんでええ 自分が信じたものをつくるだけ」
それしかないなぁ~と最近つくづく思います。
全方位型の商売は疲れます。
あちらに良い顔、こちらにも、あそこにも・・・それは出来はる人は良いけれど、みんなに当てはめられたら、しんどい人もいる。
自分が信じたものに共鳴共感を持ってくれはるお客様がいる・・・それだけで幸せなんだと思います。
無理に、みんなに合わせる必要はないんだと思えると、良い仕事が出来そうな気がしてきます。
向き合うのは手元の仕事
これが一番大切だ。
デジタル流行りの世の中だけど、アナログ人生も面白い
昭和を引きずるジェネレーションとしては、このコロナ不況下の様相には我慢しきれないストレスもありますが、最近はやりのオンライン飲み会やウエッブ飲に無理をして合わせようとはしません。
何かが違うと思ってしまいます。
オンライン会議なら仕方がないと諦めますが、自分が好きなことをパソコンやスマホ上ではしたくありません。
この感覚は、ジェネレーションギャップなので、楽しんでおられる方には分かりにくいことだと思います。
お誘い頂いていて、頑固な男でごめんなさい。
そういう事なのです。
コロナが収束して、お会いして一献賜ればと思います。
おっと、手元がおろそかだ!
今日も頑張ります。

posted: 2020年 4月 11日

技術空白期間への懸念

人も見ぬ春や鏡の裏の梅
【作者】松尾芭蕉

非常事態宣言発令中の大阪は好天です。
中止、中止、延期という言葉が、あらゆるところで飛び交っています。
はんこ屋さん組合の技術講習会も3月より休講状態です。
春は総会時期でありますが、はんこ屋さんの地域支部の総会も延期となりました。
4月25,26日に予定されていた全国印章技術大競技会の審査会も延期となりました。
しかし収束するかどうかは分かりませんので、どうなるかが未定であります。
はんこ屋さん組合のイベントや展覧会は、秋にありますが暗雲が立ち込めています。
イベントや企画、行事としての中止は、1年の我慢、ステイホームなのかも知れませんが、技術継承としてそれを見た時、一抹の不安を抱くのは私だけでしょうか。
技術は、継続することの意味を職人に考えさせてくれます。
手が止まり、空間が出来て、その次は積み重ねの上から始まるのではなく、一からになります。
手は記憶を忘れます。
1年何もしないと、始めた時と同じ状態になります。
再来年の令和4年1月には、技能検定があります。
120名の受検者を集めないと、技能検定から印章が除外されます。
今のままでは、到底集まらない数字です。

技術という分野は、経営者からすると鏡の裏であろうと推測します。
鏡の裏にも春は来ています。
コロナ影響での景気の低迷が、はんこ屋さんにも平等に襲いかかってきています。
大手の大きなハンコ屋さんは、従業員をたくさん抱えていて大変だという声を聞きますが、小さな父ちゃん母ちゃん商売のお店でも同じだと私は思います。
大手の経営者にとっての技術は、鏡の裏、裏方作業かも知れませんが、私は鏡の裏の小さな父ちゃん母ちゃんの職人型のはんこ屋さんを応援致します。
自分の所がそうだからです。
大手の経営者が、ご自分の従業員の事を考えるのは当然です。
そういう大手の経営者は、職人のきちんとした仕事(下請け)を切り、内部製造率を上げるために機械を導入し、パソコン印章やフォント印章という粗悪品の製造と販売を推進されてきました。
今大変だからと言って、どうして私がそのような所の従業員のことを考えなければならないのでしょうか?
それを考えることが印章業を考える事なのでしょうか?
疑問に思います。
それより、コロナ影響で技術の停滞が業界にもたらす影響の方がずーっと大きいように感じます。

posted: 2020年 4月 9日

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