『令和印章修錬会』集計完了

やゝ寒く人に心を読まれたる

【作者】山内山彦

 

昨日、大印展の代替事業『令和印章修錬会』の作品集計と印譜作成の裏方仕事で5名と一匹が集まりました。

7名の審査員に作品である印影をお送りして、点数と寸評を書き込んでいただき、返送して頂いた物を集計しました。

お蔭様で、無事に順位が出ました。

今回は金・銀・銅という賞はなく、1位の発表のみとなりますが、印譜にご担当頂いた先生方の寸評を印影とともに掲載します。

その寸評を打ち込む作業と校正作業も昨日行いましたが、膨大な作業量のために、途中で時間切れとなりました。

また、今週末有志が集まることとなりました。

 

 

 

私が大印展に関わりだして、かなりの年数が経ちました。

若い頃は、作品作りと裏方作業。

技術講習会講師になったころは、後進の育成と裏方作業。

審査員になった今も審査と裏方仕事。

 

どちらか一方の人を羨ましく思ったり、ちゃぶ台をひっくり返したくなった心境の時も多々ありましたが、両方を続けて来れて良かったと今は思います。

どちらか一方であれば、怠け者の私は、とうに技術に関わっていなかったことだろうと思います。

 

作品に想いを込めて作製された力作の中には、自らの作品作りだけでなく、日々の仕事へのヒントが隠されていたり、凄い切れのある線質に刺激を受けたりと、モチベーションの継続に大きな励ましを頂いてきました。

とりわけ今回は、審査員の先生方の寸評付きですので、こういう視点で審査されているとか、こういうところに評価があり、誤字や規定以外の出品に対しての厳しい指摘など、勉強になる要素が満載されています。

出品者、とりわけ来年早々にあります技能グランプリに出場される方にとっては、貴重なヒント満載の印譜となると思います。

 

令和印章修錬会の1位の発表は、11月3日に大阪府印章業協同組合ホームページにて公開されますが、印譜は年内に出品者のみなさまにはお届けできるように今スタッフが奮闘中です。

posted: 2020年 10月 26日

もの作りとコロナ禍の社会

天高く梯子は空をせがむなり

【作者】仁藤さくら

 

昨夜のニュース23の中で、高級ブランド「コムデギャルソン」のデザイナー兼社長の川久保玲氏(78)が、もの作りについて次のように発言されていました。

「こういう状況下で少しでも、パワーの大切さを少し、皆さんにも分かって頂きたいと思いまして。もの作りのパワーを。あまり良くない状況で『何もできない』だとか、『少しお休みしよう』だとか、そういうことではなく、こういう時だからこそ何か新しいことに向かって進まなければいけないんじゃないかということで」

またコロナ禍の社会について、「制限だとかできないことが多くなると、その状態に慣れたり『それでいいかな』『しょうがない』と思うことは危険。かえってそこをチャンスとして強く前にいくパワーにしないと、この悪い状態を悪い悪いとしょげててもしょうがない」と述べられました。

 

78歳の川久保さんは、デザイナーでもあり、社長さんです。

一着の服が完成するのに、どれだけの工程があるのか、門外漢の私には知る由もありませんが、想像すると、デザインされたものを縫製して完成に至るのかなと考えます。

ファッション業界では、このデザイン力がとても問われ、それを世に出してセンスの良いデザインの服を着てみたいと、ファッションショーを見て、ご婦人方は思われるのだと思います。

 

印章の場合はどうでしょう?

嘗ての誤りより、手彫り、手仕上げ、機械彫りというコンセプトが優先して、手彫りなら高額というイメージしかなく、肝心かなめの印面デザインは、素人さんんには分からないと、後回しにするどころか、発信することを怠けてきたとしか言いようがありません。

ファッション業界より古い印章業界だと思います。

 

嘗て、ある職人さんが言われていました。

ゴム印のデザインやロゴマークを器用な職人さんは、わずかな価格やサービスと言って作製できる。

デザイン事務所に行けば、ロゴ作成代として高額な費用を要求される。

はんこ屋は、便利に重宝される。

 

だから、ダメなんだと思います。

唯一無二の印影が大切で、そこにファッションでいう、センスの良いとかデザイン性が表れます。

そう、上手い下手という技術力が一番現れるのです。

昔のお客さんは、それを上手に見分ける力と、文化を感じる鑑識眼という土壌を持っておられました。

捺印の機会がドンドンと奪われ、印章業界からの誤った視点(手彫り、手仕上げ、機械彫り)のみが市場で独り歩きして、印章の良否(技術のあるなし)を見えなくさせられてきました。

 

今更、ファッション業界の路線を業界を挙げて進むことは、技術力のない、職人の見えなくなった業界ではできるはずはありません。

(わざと、パフォーマンスで職人を見せる企画も一部では見えますが、職人が利用されているだけな気がします。)

父ちゃん母ちゃん経営の職人的経営をされているお店はクラフト的な発信に転換することは、大いに可能です。

かといって、印章以外のオーダーのグッズを色々扱うと、印章の専門性が薄くなります。

ましてや、オーダーグッズを自店での製作にしていると、それが仕事の中心になり、何屋さんかわからずに、発信力が分散していきます。

しかし、そこに気づいているお店もチラホラとで出てきています。

お店の独自性をインスタグラムなどで発信されているのを見ると、とても勉強になります。

 

このコロナ禍、「もうだめだ。」と諦めているとあきらめの神様が引っ付いてきます。

昨夜のニュースは、コムデギャルソンの川久保さんにパワーをもらいました。

有難うございます。

苦労して長年培ってきた本物の技術を、涙と共にどぶに捨てるような事だけはしたくありません。

頑張ります!

posted: 2020年 10月 21日

第23回全国印章技術大競技会印譜

昨日、写真の「第23回全国印章技術大競技会印譜」が届きました。

一番に頭に過ぎるのは、コロナ禍で裏方さんの作業がどれほど大変だったか、そのこと自体に頭が下がります。

本当にご苦労様でした。

また、コロナ禍での出品は大変だったことと思います。

出品者のみなさまもお疲れ様でした。

大臣賞や入賞のみなさま、おめでとうございました。

全体としては、やはり出品数は減少していたと思います。

審査に携わらせて頂いて、2回目の大競技会になりますが、それ以前より大印展裏方としてのプライドを持ち長年作品作りをされるという技術分野に関係してきて感じることは、質量共の低下が急激に進行してきて来たこと、とりわけ裾野がいなくなりつつあるということです。

ここを何とかしないと、たとえ実印と銀行印が残ったとしても、それを彫る人がいなくなれば、その唯一無二の存在感をAIに託すなら、もう印章はいらなくなり、デジタルオンリーであらゆる承認事項がスピーディーになる事だろうと思います。

本当は、「無駄なハンコ」など何一つありませんよと私は「脱ハンコ」反対と大声で叫びたいのです。

ハンコの押印というのは、最終的には「おしで」の確認であります。

約束と契約の確認であります。

それが無駄とするなら、今まで押印してきた人達を国が騙していたということになります。

無駄そうに見えても押印してきたからこそ、人と人との約束が守られてきたと同時に、押印するという慣習が作られてきたのです。

だから印章を大切にしよう、押印には気を付けようという意識が形成されてきて、それが印章に押し込められてきている・・・作製者の魂と使用者の魂の融合があってこそ、「おしで」の考え方が守られてきたと思います。

それを作製している現場が危ないと、それを長年見て来た私は強く感じて、継承現場に身を置く事と、それを発信し続けているのです。

実印と銀行印のみを作製して、それを職業として、「技術を習得するために頑張りなさい。」と若い人達に言い続けなければなりませんが、選挙で政権が変わり、それも無駄ですと言われれば、それでお終いなのでしょうか?

はんこ屋は無くなるのでしょうか?

 

きちんとした印章の作製を身に着けることは、パソコンのフォントで印章を作製することと比べて、とても大変で、時間と労力を要します。

多くの業界人が、手彫り彫刻を覚える必要を感じていないし、それを無駄と感じているから、技能検定受検者は集まらないし、廃止の職種対象とされているのだと思います。

2級対策を至急に講じられて、頑張って頂いている事には敬意を表しますが、それが数を集める事のみに完結すれば、それは滑稽なこととして社会からの嘲笑を浴びるだけとなります。

大切なのは、その中身とその後への対応策を提示しているかということです。

技術をなんとかしないと、本当に未来はありません。

今、大印展の代替事業「令和印章修錬会」の審査と裏方をしていて痛切に感じております。

 

先生・先輩がいて、今の自分の技術があるのと同様に、それを後継に伝える努力があるから今の自分の技術は生かされ社会に貢献できるのです。

それを決して忘れてはいけないと私は思います。

最後に、「第23回全国印章技術大競技会」の入賞者発表は、10月17日付となっています。

本来、コロナでなければ、仙台での全国大会が開催され、そのなかで表彰式が挙行されていたのが10月17日です。

表彰式で入賞者の元気な姿をみたかったな。

全印協ホームページで、きちんとした美しい印影をご覧ください。

http://www.inshou.or.jp/inshou/common/pdf/2020daikyougikai.pdf

 

 

 

posted: 2020年 10月 20日

はんこに彫るべき名を大切に

数ふ雁小さくちさくなりにけり

【作者】石川鐵男

 

はんこ屋さんの仕事は、はんこを彫ることです。

では、はんこは何を彫ってあるのでしょうか?

名前が彫ってあります。

人や会社、団体のお名前であります。

 

昨日、NHKの「ネーミングバラエティー日本人のおなまえっ!」に「亜厂」さんというお名前が紹介されました。

「あかり」さんと読みます。

「厂」は「がんだれ」です。

感じの部首の一部で、それそのものが漢字ではありません。

「厂」は「雁」(がん、かり)からきていますが、お名前の由来は、ご恩ある人の一部の漢字「原」さんの文字の一部を「かりた」というところからきているようです。

また、以前には同じく漢字に無い「笽」という文字を用いた「笽島」(そうけじま)さんというお名前も紹介されたことがあります。

日本人の名前は複雑で、漢字に無い文字であらわされていたり、同じ漢字でも「吉」と「」の字ように形状の違う物もあります。

だから、先祖よりのお名前を大事にするという慣習を多く含んで文化として成り立っています。

はんこは、そういうお名前を彫刻したもので、それを使用者が朱肉というインキではない永きに渡り残るもので捺すことにより、文化足らしめているのではないかと思います。

https://www4.nhk.or.jp/onamae/

 

posted: 2020年 10月 16日

実印を守るために

台風のたたたと来ればよいものを

【作者】大角真代

 

「ただ押しましたというハンコはいらない」と発言された河野大臣ですが、昨日、上川法務大臣が婚姻届けや離婚届の押印を廃止する方向で検討していると発表された時には驚きを禁じ得ませんでした。

婚姻届けに捺印する行為は、「ただ押しましたというハンコ」なのでしょうか?

出生届から遺産相続までハンコがいる日本社会でしたが、それを根本から変える動きが始動しだしたように感じます。

私の後輩は、パソコンフォントで作製されたオモチャのようなハンコが乱売され、既製の認印と同じような唯一無二が疑われる印章ならいらない、そういう行政手続きは廃止すべきだと言います。

同感に近いし、気持ちはとても理解できます。

ただ、官印から始まった日本の印章です。

その官印と印章制度を変えていこうという国策であるならば、捺印機会はドンドンと減少していき、印章社会から脱印章社会への流れは、台風14号に反して案外早い動きとなるのかも知れません。

印章社会であるから、「印形は首と吊り(釣り)替え」という言葉に代表されるように、怖いものであるので価値ある存在でありました。

それが捺印経験を奪っていく事により、価値ある物であるという意識が奪われていく事になります。

今の内閣の大臣は口をそろえて、「実印はなくならない」と言われています。

逆にとると、捺印が実印のみになるということも予想されます。

このところ、脱ハンコのネットニュースの最後に必ず掲載される「脱ハンコの動きをどう思うか」というアンケート結果には、7割以上の人が脱ハンコ賛成の意志を表明しています。

時折ハンコ議連も動きを見せますが、先の会長辞任騒動から国民の目線がハンコ議連に対して厳しいものとなっています。

動くと利権を残そうとしていると思われるようです。

議連の一部の動きに期待するのではなく、業界を挙げての「脱はんこ反対」運動に期待します。

しかしながら、このままでは印章需要は縮小していく事だと思います。

業界人は、春になれば印章需要は高まるという季節商売的な呑気さがあるように思いますが、来年の春はそうはならないと私は推察します。

上川法務大臣の婚姻と離婚届けの廃止は、法律を変えないと出来ません。

業界を挙げての反対署名を期待したいと思います。

 

ただ、業界は委縮してしまっていることは確かです。

委縮といえば、マイナスかも知れませんが、私は小さな業界である利点はあると思います。

小さな関連で、昨日の毎日新聞夕刊トップを写真でアップしました。

富山県舟橋村の取り組みです。

印章業界が実印の在り方を守るためには、今まで寛容過ぎた印章という商品の在り方を唯一無二を守るという観点から、また業界の猛省の視点に立ち洗い直さねば、最後の砦の実印の在り方まで崩していく事となると推察いたします。

河野大臣が「はんこ文化は残します」と言われて例に挙げた蔵書印ですが、私がいつ蔵書印を彫刻したのかを思い出してみました。

ここ数年なかったかなと、良く思い出してみると、昨年、東京の某大学図書館の蔵書印のお仕事にあたらせていただきましたが、それ以外にはありません。

蔵書印の彫刻のみでは、はんこ職人の腕は振るえずに、技能検定の存続の命運がかかる次の検定に希望される受検者はおられるのかなと不安を感じます。

 

分速で生産されるオモチャのようなパソコンフォント印章を廃して、熟練の職人によるクラフト的かつモラルのある本来あるべき印章作製の姿にもどるように業界あげての努力を期待しますと共に、そういうことなら協力を惜しみなく提供させて頂くと決意を表明致します。

 

posted: 2020年 10月 10日

「はんこ文化」を残せばよいのでしょうか?

先日より疑問に感じていた「はんこ(ハンコ)文化」という言葉があります。

河野大臣が、はんこを無くしたいという発言と共に、おまけ(言い訳)のように足された言葉の中に、「はんこ文化」という言葉がありました。

「行政の手続きにハンコはやめようと言ってるのであって、ハンコ文化は好きです」

このはんこ文化って、一体何なんでしょうか?

河野大臣は、ツイッターに愛読書と思われる文庫本の表紙にハンコを押した写真もアップ。更に「封蝋とかも」とつぶやき、封蝋写真もアップしていた。

蔵書印や封蝋という趣味のはんこが、はんこ文化なのでしょうか?

認印、銀行印、実印、法人印と呼ばれる実用印章は文化外の物なのでしょうか?

それは、無くしてハイカルチャーな蔵書印や封蝋は残すべきなのでしょうか?

河野大臣ばかりを責めましたが、業界内でも実用印の在り方が職人的な製作方法と古い慣習的な印影が今の時代から遊離していて、もっと斬新な印影であるキャラクターや文様を文字とコラボしたものを流行らすべきであるという論調があります。

そうした論調のはんこは、パソコン機能を用いてデザイン?できるもので、熟練した職人技術はいらない、誰にでも作製できるハンコのようなもの?であります。

そういったはんこ?が市場で乱売?されているので、それが文化であるという錯覚さえ起こしかねない状態です。

蔵書印も捺せればよいとかキャラクターを入れたものとしてのサブカルチャー嗜好のものとなれば、そう誰にでも作製出来て、熟練の技術者の腕はいりません。

ところが、きちんとした蔵書印を文化として残すならば、実用印章そのものを残す努力をしないと、蔵書印は文化として残りません。

きちんとした蔵書印は、パソコンやAIがデザインするのではなく、職人が今まで培ってきた技術を用いて作製するのですから・・・。

職人がいなくなれば、パソコンフォントで作られた電子蔵書印をプリントアウトして使用するのでしょうか?

文化とは、「耕す」とか「修養」という意味を持っています。

民を耕す政治により印章を無くす努力をされることが文化に繋がるとは、私は到底思えません。

今回は印章が攻撃されていますが、これは日本の文化や伝統工芸に向けた攻撃だと私は理解しています。

もっと、考えなければならないし、それでも生き残るためにはドンドン萎縮している印章業界は、大量消費、大量生産の在り方を改め、「製作者」と「使用者」の関係を再分析し再構築することが求められていると思います。

新聞の書評にありました書籍「椅子クラフトはなぜ生き残るのか」を購入しました。

読後感は、またの機会にお話します。

posted: 2020年 10月 7日

はんこ文化の振興とは?

秋夜遭ふ機関車につづく車輛なし

【作者】山口誓子

 

「文化を振興していく」という言葉は便利な言葉だ。

文化という曖昧なものに置き換えれば、それでお終いになる。

はんこ文化とは、一体どういったものなんだろう。

印章業を営む私でさえ、わからない・・・。

そんな曖昧なものを、どのように振興してくれるのかと思っていたら、やはり強硬な姿勢を示された。

あくまでも「行政手続き上のはんこ廃止」であっても、思い出してほしい、役所での押印廃止が進んだ時、「印」の字を書類上に残したと勝ち誇った業界人であったが、その「印」の字に捺印する住民はいなくなりました。

はんこを持参しても、形だけ・・・

本人の身分証明を忘れると、はんこを持参していても、書類は1枚たりとも発行されません。

こうして、ドンドンと捺印機会が奪われて行きました。

それとともにデジタルの進行に押されて、はんこを作製する職人自体も技術や経験のいらないパソコン連動彫刻機が全国を圧巻しました。

誰でもはんこが彫刻できる時代に突入すると、オモチャのようなはんこの乱売時代に突入しました。

実用印と同様に考えられた、捺して楽しいはんこが文化だと勘違いされる業界人さえいます。

印章を捺印する意味を取り違えた文化なら、それを振興することは、日本文化を衰退させる要因にはなりはしないかと危惧さえ感じる今日この頃です。

「行政手続き上のはんこ廃止」は、捺印の機会を減らした国民意識をつくり、それが民間に波及して、やがては捺印の機会が皆無になる日も間近なのかも知れません。

その前に、はんこ職人の消滅は秒読みのような気がしてなりません。

大臣には、文化の振興ではなく、具体的なるストッパー的施策を示して頂きたいと強く望みます。

私は、デジタルでないアナログとしての形を残す作業に入ります。

その形から印章冬の時代からの脱却を模索していきたいと強く感じています。

posted: 2020年 10月 2日

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