ガンバレ!全国の腕のある印章職人

私のブログに頂いたコメントです。

「今回の押印不要の件で山梨県知事や印章業界が反論してますが一印章ファンとして疑問をもつ点はただ地域の産業を守る、または過去からの伝統という防波堤を破られ対岸の火事ではないと気づき焦っているとしか受け取れないのが寂しいです。先生のように以前から技術の復興を唱え多様な方面でご尽力された方が訴えるなら心に響くでしょう、しかし今初めて騒ぎ始めた方達はPC印章や自販機、占い、キャラ印章等の技術軽視を許容してきた集団ではないのでしょうか?許容ならまだしも占い等開運印鑑は使用者を騙す霊感商法という悪質極まりない愚物です。今こそ本物の技能者の力を、技術を示すときです!明日どうにかなるという問題ではありませんが、本物は必ず残ります、本物は人の心に響きます、その時まで技術を錬磨してきた方達に何とか踏みとどまり頑張ってほしいと心から願います。」

 

頂いたコメントに対して、お返事させて頂いた内容です。

「再びのコメントを賜りまして、有難うございます。

先生ではありませんが、そう呼んで頂けるように、更なる精進をしていきたいと決意が強くなります。

私は、山梨県知事や業界の政治的行動を非難しているわけではありません。

むしろ、同じ業界人として応援しております。

しかしながら、おっしゃられるように技術の裏付け無き政治的行動のみには、疑問を呈します。

それを言うと、業界側からは嫌われ、お叱りを受ける事多々なのですが、唯一無二を守ろうというアナログと、便利だから楽だからデジタルにということは、私は共存しないと考えます。

今、印章の製作現場は無茶苦茶だと思います。

こうなったことに対しての自論もあるのですが、無茶苦茶な製作現場の印章が、市場で乱売されていることも、おっしゃられるように事実です。

技術者の激減は、技能検定廃止を検討されている事実からもはっきりしている事と思います。

 

では、技術者はどう生き残ればよいのかということが、私の当面の課題であります。

技術者が刻すきちんとした印章と、パソコンにて製作されたフォント印章や、その機能で文字を歪められた印章の違いが、分かる人には分かる事なのですが、故意に分かりにくくしてきた業界。

印章業者が扱う印章は、今までは社会の制度に守られて、どのような印章でも印章であるというところに胡坐をかいてきた商売であったと思います。

印章という商品の均一化があり、それを同調圧力で良い悪いを消費者に見せないことが、消費者に審美眼を養わさない、大量生産大量消費の経営論として位置づいていました。

 

本来職人の技術は、印章という商品の特性でもあると思いますが、職人によって違った美観やアイデンティティが織りなす総合美であるはずです。

 

今のピンチな状況は、職人の腕のある職人の出番となる事と信じています。

自分の技術を消費者にきちんと伝える、国策により重要な印章しか残さないのですから、重要な印章をパソコンで作るオモチャのようなハンコで済ませるのは、デジタル化賛成派のIT業者も嫌なはずです。

自らの技術を語り、自らが工夫して突き進むのみです。

職人は徒党を組みません。

職人の仕事は孤独で、自らのアイデンティティを大切にするからです。

そこに価値を見出さない人は、別の道を歩まれればよいのです。

私は、自らの美を発信していきます。

そちらに力点を少しづつ変えてきたのですが、今後はそうしないと生き残れない、ご飯が食べれなくなると思います。

ガンバレ!全国の腕のある印章職人。」

 

posted: 2020年 11月 8日

職人なき時代への警鐘

いそがせる 心は別に 冬に入る

【作者】稲畑汀子(いなはた ていこ)

 

ラジオから「今日は立冬ですね」という声が聞こえ、はたと落ち着きのない自分を感じさせられました。

昨日、厚労省からの「現代の名工」のプレスリリースがあり、業界からは京都の前川幸夫氏が選ばれました。

前川先生は、大印展の審査員を務めて頂いております。

おめでとうございます。

最近、この「現代の名工」や黄綬褒章に輝く職人の取り扱い方が雑なような気がします。

雑ならまだしも、受章者のお名前も報道しない新聞もあるようです。

大阪にも「なにわの名工」という誉がありますが、これに至っては、10年前くらいから地方版に掲載されなくなりました。

社会は、伝統文化だの、技術の継承だのと、美辞麗句は並び立てますが、結局はその文化や技を継承されている人・・・職人という在り方を蔑ろにしているような気がいたします。

 

問題となっている行政手続きに不要と思われる押印廃止においても、それを感じざるを得ない場面や対応があります。

本来、印章は唯一無二をモラルとして成立するための一手段として職人が彫刻すべきものです。

「押印廃止」と誰が彫刻したのか知りませんが、完全に職人の仕事を愚弄する行為だと思います。

それは勿論なのですが、印章は、作り手と使い手の間に共鳴が生まれなければ成立しない人と人との約束事・契約「おしで」という日本古来の思想の伝承であります。

作り手は、それが認印に使われるのか、実印として登録されるのか、銀行印になるのか、そういう用途も重要であるのですが、彫刻作製する段においては、使い手のお名前を懸命に彫るという、実にアナログな作業です。

このアナログな作業により作られる印章がデジタルと共存するはずがありません。

世のデジタル化は進んでいくと、それは私も思います。

デジタルの中に印影が存在する事はできるのかも知れませんが、何か意味がるのでしょうか、それが職人が作るものであり、使い手との共鳴点は見つかるのかなと、疑問を抱きます。

捺印と押印は違うらしいのですが、ハンコを押すという人の行為である機会が減少することは、デジタルの中に印影が残ることにより解消するのでしょうか、それも疑問です。

経験や体験の減少からの消滅は、それを意識しなくなるという事です。

実用から遠ざかった物を時折意識させるためにあるのが、博物館や美術館です。

それを人は、文化と呼ぶのかも知れません。

「村の鍛冶屋」という歌があり、それは職人の歌であると私は思います。

しかし、村の鍛冶屋はほとんど見られませんし、その歌も文部省唱歌から外されました。

本体から飛んでしまった首をさらすことが、職人の仕事になるとは、私は到底予想がつきません。

職人なき印章・・・それを誰が望み信用するのでしょうか?
職人無き時代、職人を大切にしない国策、職人を大切にして欲しいはずの業界の職人不在の製作現場・・・これが如実に弊害や同調圧力となり表れ始めていることに危惧を感じます。

 

以下、わたしのブログ記事にいただいたコメントです。

「昨日NHKの番組を観ましたが最早彫刻の技術云々ではなく電子決裁をどのように推進するかを検証する編集のようで悲しい気持ちになりました。井村屋さんの方達が使う印章も浸透印のような・・。印章不要という方もどの様なアンケートかは不明ですが74%に及ぶと・・。知らない間に文化、伝統どんどん追いやられる感がありますが本物の印章が残りますように、と願わずにはいられません。パソコン印章、占い印章等それはそれで生活の手段ですがやはり印章を粗末にした業界のモラルにも自らの首を絞めた責任があると感じます。」

posted: 2020年 11月 7日

風評被害真只中の新しい船出

はんこ屋さんは、脱ハンコという風評被害の真っ只中です。

脱ハンコに関しては、国にも業界にも言いたいことは沢山ありますが、それでもはんこ屋さんは、ご飯を食べていかないといけません。

象牙の取扱業者である登録更新にも、国はお金を取ります。3万なにがし・・・。

それも支払わねばなりません。

「武士は食わねど高楊枝!」とはいきません。

はんこ屋さんが廃業や倒産という事に至れば、喜ぶのは誰でしょうか?

IT業者の人とまでは言いませんが、世の中を全てデジタル化にしたい人達か名と思います。

デジタルとアナログという対立軸を作ることは、ひょっとするとダメなのかも知れませんが、少なくともデジタルのなかには、文化は育たないように思います。

 

以前から、お知らせしておりました「はんこやが作ったユニークなTシャツ!」HANKO KIAN®の販売を昨日からネットショップとお店で開始し始めました。

チラホラと売れ始めました。

以下、家内が考えてくれたチラシの文章をご紹介致します。

「印章において、要なるものは、文字デザインです。このデザインは、手で何度も線を探り、文字同士の最善のバランスを試行錯誤して、生まれるもの。ダンサーの決めのポーズのようにしなやかに、そして、堂々としたデザインがその特徴です。

HNKO KIANでは、もっと多くの方に印章デザインを知って、親しんで、頂けたらとの思いから、Tシャツのデザインにトライしてみました。

苦境に置かれた時、誰でも、心に迷いや不安が生じやすい状況になります。そんな時でも、普遍的な禅の教えは、励ましや救いになるのではと思い、禅の言葉を印文としました。日本人が古来より、大事に育んできた、印章文化や禅の言葉が新たな形で、多くの人々の心に響くことを願います。

 

https://mitamura-inshouten.easy-myshop.jp/c-item-list?category_id=88&parent_category_id=88

 

posted: 2020年 10月 29日

脱ハンコ社会に向かう今、私にできること

「印章業界の反省と言っても業界の大半を占めるFC店、印相屋、モチーフ印章?という名のインチキ業者は全く反省しないでしょう。何故なら最初から正しい文字や彫刻の技術を知らず誇りも何も無いからです。今の若者達はバブルの頃の馬鹿な日本人ではなく質素な時代に生きていますので物の本質を見抜いています。この若者達を納得させる何かが具現化出来なければ今何かしらのキャラクター等で誤魔化し現在を乗りきっても近い将来印章そのものが無くなります。しかし今、荒掘りから実際に印章を彫刻出来る技能士が何人いるでしょうか?本物を追求できないなら全てを失って気付くべき業種です、新聞社等も今存続に必死です、必死にならなければ古い伝統は滅びますしまたそうあるべきかも知れませんね。」

 

上記文章は、私のブログへの読者の方からのコメントとして頂いたものです。

印章業界の反省というのは、私がブログに書いた次の文章からです。

「印章業界が実印の在り方を守るためには、今まで寛容過ぎた印章という商品の在り方を唯一無二を守るという観点から、また業界の猛省の視点に立ち洗い直さねば、最後の砦の実印の在り方まで崩していく事となると推察いたします。」

 

先日、20年前くらいに技術講習会で私の生徒であった方が来られました。

「コロナで、今年3月から皆目仕事がない。」

そういう状況の中、河野大臣の一連の脱ハンコ発言・・・「周りの技能士さんも困っている」と・・・

今朝、メールチェックをしていると、山梨の問屋さんの情報メールの最後に「このままでは、コロナでは死ななかったが、国に殺される」と悲鳴を上げておられました。

 

読者の文章から、業界はどのように襟を正さないといけないのか自明の理ですが、このままでは印章業が崩壊するのも(印章店が無くなる日も)あっという間なのかも知れません。

コロナが始まった今年の初めに、河野大臣の脱ハンコを誰が予想できたでしょうか。

 

しかしながら、できることはまだあります。

今ある陣地をきちんと守り、業界が襟を正して、唯一無二のモラルある印章をお客様に提供しますよと言う姿勢を如何に社会に浸透させていくかであります。

私にできることは、技術の継承への微力ながらのお手伝いです。

写真は、今年中止になった大印展の代替事業であります「令和印章修錬会」の審査と寸評です。

大印展の時は、審査員が集まり半日くらいで審査完了となりますが、今回集まらない審査のために、却ってじっくりと作品が吟味できました。

やはり、昨日丸一日を潰しました。

嘗てと違い、こういう世知辛い状況ですので、後進への指導を嫌がる傾向があるようです。

技術継承は大変なことで、仕事以外の時間や労力、お金もかかることです。

また、継承現場を助ける役割の裏方さんもいなくなり始めました。

そういうことからも、業界の状態を察知してきましたが、私にできることは今後も頑張っていきたいと強く思います。

この18日の日曜日は、zoom講習会から漸く抜け出し、対面教授の講習会が再開されます。

新年度となります。

 

posted: 2020年 10月 12日

【悲しみ】と【嬉しさ】

出会ひの握力別れの握力秋始まる

【作者】今井 聖

 

自分が全てをかけて打ち込んできた事が、明日からもういらないと言われた時の【悲しみ】

古臭い技術では時流に合わないと、パソコンや機械でできるから、あなたの技術は用無しですと言われ続けていた技術には、驚くべき価値が内在していて、他に真似のできない物であります。スゴイですと評価された【嬉しさ】

 

【悲しみ】と【嬉しさ】、あなたはどちらを選択しますか?

 

印章彫刻職人の技術は、きちんとした文字をその解釈を歪めることなく、如何に上手く印面に表現するかにつきます。

文字が良いだけではダメですし、デザイン性があるだけでもダメです。

いくらデザイン性があるように見えても、登録できない印章や、長い間の捺印行為に耐えることのできない作者本位のデザインでは、きちんとした印章とは言えません。

印章とは、本来その実用的なるデザイン性が問われる道具であるのです。

ところが、その印面から目を背けるようなことを業界人は多岐にわたりされてきて、それが通じなくなると、他の物を販売し始める。

ゴム印や名刺のみでなく、文字や印刷関連からとウエアープリントや名入れ事業にまで手を伸ばし始める。

それはそれで、頑張っておられるのかも知れませんが、肝心の印章技術をさておいてどころか、それを揶揄されるととても【悲しみ】を感じてしまいます。

このコロナ禍では、良い悪いは別にして、マスクやフェイスガードまで販売を始めているお店もあります。

 

印章は印面が命で、そのデザイン性が求められるとする当たり前の事を当たり前に技術継承するのではなく、コンピューター彫刻機が開発されると、業界外から参入され、パソコン機能を利用してのデザイナーによるデザインに印面を奪われている市場です。

本当の印面デザインは、長年の手での彫刻が醸し出す品性高き篆書の実用としてのオリジナル性を知る職人の手にありはずです。

それはフォントのみで作製されていては分からない高見であります。

世界は、その高見のてっぺんのみを切り取り評価されます。

その高見を今まで見せて来なかった後悔を教訓にして、「HANKO KIAN®」がこの秋始動致します。

私と家内(父ちゃん母ちゃん商売)で【嬉しさ】を実感できる活動を展開していきます。

どうか、宜しくお願い申し上げます。

posted: 2020年 9月 17日

つなげていく大切さ

縄とびの縄を抜ければ九月の町

【作者】大西泰世

 

熱中症とコロナに振り回された8月で、いろんな事が中止になり、コロナ以前の事ができませんでした。

自宅近くの毎年お供えをさせて頂いている地蔵盆も今年はありません。

来年は、あるのだろうか?

この夏に中止になった行事やイベントは、来年にはあるのだろうか?

コロナ収束後の社会について、いろいろ言われていますが、いつ収束するのだろうか?

Withコロナ社会なのだろうと、元には戻らないと考える方が賢明なのだろうと思います。

しかし、そもそも物事、森羅万象は常に変化流転していくものです。

同じという事はあり得ないのです。

それを考えると、変化への対応力が求められているのが、今ではないかと考えるようにしています。

今の自分の位置や役割を目の前に、一つ一つを対応していくことで、その力をつけていく、未来に向けて生きる力を養っていく事になるのだろうと思い、踏ん張っています。

自分に関係することでは、現在休講となっている技術講習会があります。

それについては、ほぼ毎日のようにお話しています。

何故、そこまで考えるのか?

技術講習会は、先人から受けついた私の原点であるからです。

師匠なしの私を育ててくれたのは、技術講習会です。

そして、講師というお役目をいただいて、後進を指導しています。

先人→先生、先輩→私、印友というライバル→後輩→・・・

延々とこの矢印が続いていく事が、今の私を形成しているのです。

そして、それは常に変化していくのです。

その中の、パイプの役割・・・つなげていく大切さ

これを理解している人は、技術講習会や研究会という継承現場に立つ人だけかもしれません。

だけれど、気づいた人、気づいている人のお役目ではないかと強く主張したく思います。

この30日は、zoom講習会を実施します。

 

※写真は、昨年の地蔵盆です。

posted: 2020年 8月 27日

柳宗悦と棟方志功

先日の日曜日に、久しぶりに『日曜美術館』を見ました。

柳宗悦と棟方志功・・・お二人共に大好きな人です。

民藝という考え方で交流があった程度しか知りませんでしたが、まるで師弟関係のようなお話に驚きました。

棟方志功は、青森県の鍛冶屋に生まれ、職人を脱するために芸術家を目指し上京しました。

職人が芸術家よりダメなのではなく、美を求める姿勢は職人とか芸術家とか関係ないとして、「きっと、君のお父さんの刃物を美しいと思える日が来るだろう」と諭した民藝思想の本質を見たような気がしました。

私の実家も印刷物加工と言えばカッコよいのかも知れませんが、紙工、断裁、「断ち屋」と言われる仕事が家業で、仕事をする祖父や父、叔父は職人であります。

今は、職人さんというと、モノ作りの人とか、〇〇作家とか言われて、そのカッコよさを商売的にアピールされておられる方もおられます。

実際の職人一家というのは、そういうモノではありません。

棟方志功が、親の仕事を見かねて、自分は世に出て有名になるためには芸術家を目指すのだとしたことは、とてもよく理解できることです。

しかし今、私も職人であり、その職人的なことが大好きで、仕事に精を出すという意味を噛みしめています。

とても、不思議な事だと思います。

棟方志功は、柳宗悦との出会いが大きかったと思います。

私は、印章との出会いであったことは、間違いがない事だと思います。

https://masaya-artpress.com/2020shiko_munakata1-nichibi

 

posted: 2020年 7月 28日

< 1 2 3 4 5 >