これからの印章の在り方

仕事始のスイッチ祷るが如く入る

【作者】啄 光影

 

仕事始めはあいにくの雨となりましたが、ボチボチした始動を期待する私には丁度よい具合なのかも知れません。

暮れから家内の体調があまり思わしくなく、三が日は一人で墓参と地元神社に初詣にいったくらいで、あとはテレビを見たりの寝正月でした。

4日の息子らの帰阪時には、私も体調をちと崩しました。

昨年高齢者の仲間入りをしましたので、あんまし無理をせずにボチボチと楽しく暮らしたいとするのが、今年の抱負です。

仕事の方も、印章をきちんと工藝にしていくために、自らの仕事の分野で「これからの印章の在り方」を確立していくようにします。

あまり意味を感じない余計なことに首を突っ込まないようにします。

工藝をきちんと認め合う人との交流やコラボには積極的に楽しんでいくようにします。

「これからの印章の在り方」は、制度・組織・資格に囚われない、印章の根本的在り方や本質に迫るような「おしでの世界」の象徴としての印章を目指して、私の培ってきた技術を総動員して取り組んでいきたいと考えています。

それは、業界内に向けてではなく、消費者や社会に向けて問うて行こうと思います。

今年もよろしくお願い申し上げます。

 

 

posted: 2025年 1月 6日

数へ日

数へ日のこころのはしを人通る

【作者】矢島渚男

 

 

「数え日」は新しく、50年そこそこの季語らしい。

65年しか生きていない私にとって、50年を新しいとする感覚に驚かされます。

印章の起こりを紀元前5500年のメソポタミアからとすると、日本の印章業もたかが400年くらいの短い生業だと言えるのかも知れません。

我が国での印章業の起こりを歴史的ポイントと考えて、それ以前とそれ以降にすると、終着点が今年なのではないだろうか。

今年を分岐点にして「印章業の起こり」以前に印章の在り方は、逆さまに歴史をたどり始めたと考えると、次が見えてくるように感じます。

そうすると、統治に利用されてきた印章の在り方から、それを受け入れた土壌を見つめ直すことがクローズアップされてきます。

印章は人のために、次にどう役立てられるか。

制度に依拠しない印章とは・・・

それらを考えていくと、メソポタミアの円筒印章は何故歴史に表れたかとの共通点が見えてきます。

そんなことを考えると、ワクワクしてきますね。

50年先が楽しみですが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

BASEショップの商品を妻が充実させてくれました。

お正月の玄関飾りとしてもご使用できます。

年内発送、まだ間に合います!

 

 

 

 

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posted: 2024年 12月 25日

糺の森と銀座の個展

糺の森の樹木は夏に向けて若葉が成長していく新緑の季節です。

その奥に鎮座まします「おしでの大神」の放つ光が、はるか遠くの華やかな街、銀座の一角に届いていました。

「おしでの大神」が糺の森で空っぽの心のスイッチを入れて下さってから、はんこを作ることが仕事となりました。

その作業工程は、印稿という文字のデザインを考え、それを印面に鏡文字で書き込み、次に彫刻するというものです。

文字とデザイン、彫刻がそれぞれ関連し合い、一顆の印章を生み出します。

ともすると、はんを彫ることのみがクローズアップされがちですが、極めて小さな世界ですので、大きな仏像の彫刻のようには目立たない作業となります。

はいていますよ!ではありませんが、彫っていますよ!と叫ばないと分かりませんし、その単調な世界をアピールするには限界があります。

見ている人も良く見えません。

肩が凝りはるやろなぁ~、目も疲れるのかなというイメージしかありません。

見ている人は、完成形のイメージがないので、また比較検討するものを持ち合わせていないので、それで終わりとなります。

彫ることは印章作製にとって、とても大切な作業工程ですが、それが全てではありません。

今まで発信を一番怠ってきたのが、はんこのデザインの組み立ての世界です。

「おしでの大神」は、それに向けて私の心のスイッチを切り替えました。

その世界は、それはそれで大変な世界です。

篆刻芸術の世界は、鑑賞者にきちんと印影という作品を示し、その美を問います。

実用印章もそれをしようと、私は考えました。

篆刻の印影も、普段使いの落款印はそれほど大きくないので、展覧会の作品は大きな石に彫刻します。

実印の印影を大きくしよう。

60ミリ以上のはんこは、素材も高く、それを長い時間をかけて彫ったところで、何度も使用するものではなく、一度印影を押したらお終いの世界では、労多くして効無しです。

大きな画には描印が施されています。

これだ!

それが、個展への方法論となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀座の個展では、デザイナーの方も多く足を運んでいただけました。

あるデザイナーさんは、「滅却心頭火自涼」がとても面白い。

丸という輪郭の中に、7文字も上手く文字をレイアウトして、それが各々呼応しあっている。7文字はスゴイ!とおっしゃって、他にも幾つかのアイデアをくださいました。

いつもは、18ミリ丸の中に法人印なら、株式会社・・・、一般社団法人・・・などと20文字以上でも配字しています。

そこで培った技術が活かせる。多くの人に見て頂ける。

他の方に教えて頂いたのですが、『デザイナーのための篆書』という書籍も出ているようです。

篆書の持つデザイン性が花開き、甲骨文字の発明当時の意味合いからは大きく変化してきていますが、変化できるから今も多くの人のために役立つ文字として存在しているのだと思います。

さらに勉強、意欲がわいてきました。

 

posted: 2024年 5月 21日

旅はまだ終わらない

助からないと思っても 助かって居る

【作者】河井寛次郎

 

3月は、減少傾向であった印章需要にさらに拍車がかかったように感じます。

お忙しくされている印章店も、実用印章以外のお仕事が繁忙期を何とか支えているように感じます。

大阪の某印材メーカーも昨日付けで廃業されたようです。

中国産や圧縮黒水牛が多いなか、良いモノを提供いただいていたところなので、当店にとって痛手であります。

当店も前年に比べるとかなりの落ち込みであります。

それでも当店をお選び頂き、ご来店下さるお客様を大切に、日々印面に向かわせて頂いております。

印章文化を重視してくださる声は多く健全なのですが、印章店が無くなればハンコは無くなります。

 

 

この間の日曜日に、NHKの「日曜美術館」で再放送「美は喜び 河井寬次郎 住める哲学」をたまたま見ました。

https://www.nhk.jp/p/nichibi/ts/3PGYQN55NP/episode/te/9172NKYWWJ/

 

河井寛次郎記念館の学芸員であり、柳宗悦のお孫さんである鷺珠江さんが出ておられました。

私の大好きな言葉「助からないと思っても 助かって居る」とう河井寛次郎の言葉を紹介されていました。

「悩める時、病める時、苦境の時に助けられる言葉です。自分ではもう助からないと思っても、その後ろには大いなる力があり、決して諦めることはない、終わりではないという思いで捉えています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月の初めに毎日新聞より取材のご連絡を頂きました。

今朝の朝刊(関西版)「表現者たち」欄に掲載されました。

https://mainichi.jp/articles/20240402/ddl/k27/040/298000c

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月の個展に向けて私の魂が「大いなる力」に励まされているような気がします。

しかし、今までどおりの「努力」は必要です。

『工藝とは何か』のなかで曹源寺老師は、次のように話されています。

「・・・他に寄りつかない、くっつかない、ということが大切だと思います。そのなかから、作品、その人の持っておられる能力、はたらきが生まれてくると思うんですね。ですから作品をつくられるその目。ものを見る目、その目を、どこまでも大切に掘り下げていかれる。その努力は必要だと思います。」

 

 

 

これを読んだとき、中島みゆきの歌が聞こえてきた

ヘッドライト・テールライト

旅はまだ終わらない・・・

だから、一筋の道は楽しい。

 

 

posted: 2024年 4月 2日

2024年の年頭所感

人減し時代に生きて鷽を替ふ

【作者】田川飛旅子

 

 

六日の夜に大阪に戻ってまいりました。

クラウドファンディング明けから年始のお仕事準備、作品作り、東京への荷物を作り発送・・・大晦日に東京に向かい、丸善・日本橋店での設営・・・年を越して2日よりの「アート&クラフト新春フェア」で家内と共に会場に立ちました。

大変疲れましたが、企画に参加されていたアーティストのみなさんや丸善の担当さん、会場を訪れて頂いたお客様、インスタやFB、ブログなどで繋がっていたお友達の皆様、東京の同業者の方、友人、知人、親類の方々とお会いしてお話しできたことが大きなエネルギーをいただけたと感謝いたします。

この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。

 

 

とりわけ感じたことは、願いとして「ハンコは必要だ」という想いがやさしい皆さまにあり、「確かにハンコはある」と思いました。

しかし反面、「ハンコは使わない」「ハンコを使う場がない」というのが多くの方々の共通の意見でありました。

業界の方は、「ハンコはまだ必要だ」と言いますが、精神論で商売はできません。

印章業界の想いはそれであっても、社会の現状とズレがあるように感じました。

消しゴムはんこのような自らがつくり押して楽しいものと、押捺する正印とはまた違うものであります。

落款印や篆刻芸術とも実用印章は違う意味を持っています。

印面デザインも文字論も少し違うところがあります。

消しゴムはんこや落款印、蔵書印を押す機会、使用機会は、趣味や文化を大切にされる方には多くあると思いますが、実用印章の押捺の機会は、「印章文化」などという綺麗な言葉とは関係なく更に形骸化して減っていくのは事実として認識すること、現状をきちんと認めることから出発しないと、今までの需要が返ってくることは望めませんし、従来型の印章店はドンドンと減少していくことだろうと推測されます。

刀は確かにあります。

着物も確かにあります。

印鑑登録も確かにあるのです。

何が無くなったのかは、ここでは敢えて申しませんが、私は印章技術を残したいと思っています。

印章技術は、彫刻技術のみで成立しません。

それより生まれ来るうつくしい姿の印影なのです。

篆刻や消しゴムはんこは、それを大切にしています。

実用印章は、押せればよい、赤い印(しるし)が付けばよいという感覚を長年放置して、彫る技術が技術であり、それを神棚に乗っけてきた。

そしてボディーである棒を販売してきた。

本当は、普段使いのなかに美を見出し、生活を楽しく豊かにしてくれるはずのハンコであるべきなのです。

中身を販売することが、技術を大切にすることに繋がり、きちんとした印章店を守ること、ひいては印章文化を守ることに繋がったはずでした。

しかし・・・

そして、しかし、その現状を嘆いていても何も解決しない。

現状は悪化の一途をたどることだと思います。

それをいうから嫌われるのかも知れませんが、前を向くためには

現状をきちんと認識して、自分の技を見つめ直す時だと思います。

棒を売るのではなく、

お客様、お一人お一人のお名前、会社名、商品名、想い、希望

本当の意味でのオリジナル、唯一無二を表現する

うつくしい印影を売る術(すべ)を見出していきたい。

そう強く年始から決意いたしました。

 

posted: 2024年 1月 7日

ほんとうに親切な品

平凡に咲ける朝顔の花を愛す

【作者】日野草城

 

お店でのコーヒーブレイクは、紙のドリップパック(写真)を使って淹れている。

これを美味しく淹れることが、家内への自慢で、家内も美味しいと紅茶通からコーヒー党に転向したくらいです。

これが値上げになっている。

まずは、個数が少なくなった。

人気商品なのか、そのうえ姿を見なくなったと家内。

メーカーも必死なんだろう。

「インスタントコーヒーにしては?」と寂しいことをいう。

違うメーカーのものを買ってきてくれた。

おいしくない・・・。

ほんの少しの贅沢な話かもしれないが、今まで通りにいかない。

あれだけ物が溢れ、大量消費の時代を過ごしてきたのに、今や物価があがり物もない。

 

当店も来店者数が減って来ています。

まだ値上げはしておりませんが、値上げを検討せざるを得ない周辺状況です。

来店者数の減少は、物価高だけでなく、印章を取り巻く環境の問題もあります。

いや、それが大きいように私は感じていますが、家内は他事のせいにしてはいけないと言います。

それも然り。

 

先日ご紹介させて頂いた花森安治さんの『灯をともす言葉』(河出書房新社刊)の「造ること、売ること、買うことについて」の項、108頁には次のようにあります。

 

 

 

 

 

 

これからの不景気を

切りぬけたかったら、

ほんとうに親切な品を

作ることだけを考えなさい。

そういう商品だけが、

過去の不景気を切り抜けてきたのだから。

 

・・・中略・・・

 

いまは、造るもの・売るものと、

買うものとの間に

心がつながっていないんだ。

 

平凡な中に暮らしがあり、それは坦々とした日常をつくっていっている。

平凡とか、普通が難しい時代なのは、おそらく花森さんが言うように、心がつながっていない状態が彼の生きた時代から、それが修復されずにずっと続いているのだろう。

でも、それも彼が言うように、坦々と「ほんとうに親切な品」をつくり続けることが大切なのだろう。

平凡に咲いているようにみえるが、朝顔はそのことに必死なんだろなぁ。

今日も印面に向かえることに感謝です。

 

posted: 2022年 8月 24日

印章の心は真っ直い(すぐい)

朝ドラ『ちむどんどん』の中に、中原中也の詩が出て来ています。

今日は、「山羊の歌」無題から重子の気持ちを表現されていました。

中也の泰子への気持ちを表した詩なのですが、私はどうも「彼女の気持ちは真っ直い」という表現に心囚われました。

長くなりますので、二節の一部をご紹介しておきます。

 

 

彼女の心は真つ直い!

彼女は荒々しく育ち、

たよりもなく、心を汲んでも

もらへない、乱雑な中に

生きてきたが、彼女の心は

私のより真つ直いそしてぐらつかない。

(後略)

 

 

無理やりな話で、中原中也に怒られそうですが、彼女を印章に置き換えて見たくなりました。

印章技術に一生懸命な方はまだおられます。

そう信じたいという処もあります。

技術に一生懸命なのは、真っ直い(山口弁かもしれませんね)気持ちがあるからです。

8月8日にNHK特集ドラマとして『二十四の瞳』が放映されます。

この大石先生のような「真っ直い」気持ちで二十四の瞳の子らに向かい会った先生は、何をするにつけても私の目標であります。

大石先生は、教え子の為に戦争や貧困、差別に声を上げます。

戦争反対ありきではなく、教え子の為に戦争を嫌い、「アカ!」と言われようが生活綴り方教育の『草の実』を実践されます。

私も「真っ直い」気持ちで、今日も印面に向かいます。

そして、「真っ直い」気持ちの後進の人が少しでも多く出て来てくれることを心より期待します。

 

少し2節の後半を補足しておきます。

 

 

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に

彼女は賢くつつましく生きてゐる。

あまりにわいだめもない世の渦のために、

折に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、

而(しか)もなほ、最後の品位をなくしはしない

彼女は美しい、そして賢い!

 

甞(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめてゐたかは!

しかしいまではもう諦めてしまつてさへゐる。

我利々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、

彼女は出遇(であ)はなかつた。おまけに彼女はそれと識(し)らずに、

唯、人といふ人が、みんなやくざなんだと思つてゐる。

そして少しはいぢけてゐる。彼女は可哀想だ!

 

 

 

 

posted: 2022年 8月 5日

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