斬られ役

斬られ役また出て秋を惜しみけり
【作者】泉田秋硯

今日は少し寂し気な秋雨の大阪でした。
村芝居の端役は、役者がいないので、何でもこなさなければならない。
斬られ役は、斬られると用無しになるので、次のシーンではまた別の役をしている。
それを可愛そうととるのか、いろんな役が出来て面白そうととるのかで、人は違ってくるように思います。
私にとっての秋の一大イベントは、毎年「大印展」です。
いろんな役をこなしています。
技術委員と審査員・・・
今年は降ろさせて頂きましたが、昨年までは大印理事や近連理事としての役もありました。
嘗ては、出品者としての役もしていました。
出品者としては、大印展においては主役を張ったことがありません。
大概、斬られ役が多かったです。(笑)
今も、何かと斬られ役・・・
こないだも、別の所で道を歩いていたらズバっと!斬られました。(笑)
11月3日の大印展も間近です。
これが終わると、気分を変えての冬支度です。
大印展は、秋と冬を斬る役割があるのかな?

posted: 2019年 10月 29日

職人の魂と使用者の魂

秋霖や右利き社会に諾へり
【作者】大塚千光史

おはようございます。
秋霖という感じの雨の大阪です。

職人の仕事というのは、淡々としたもので、且つ純粋に技術のみというところもあると思います。
職人自身は、ある意味、そう在るべきなのかも知れません。
使用者は、どうでしょうか?
職人の仕事への姿勢を汲み取ってくださる方も多くいると私は実感しております。
勿論、職人のその仕事によりつくられたモノを購入し使用するだけなのですが、職人は、その使用期間にも思いを寄せなければならないと思います。
印章であれば、きちんと一生使用出来うるだけのモノをご提供する必要があります。
途中、破損しても修理してはいけないのが、印章の運命です。

修理することが求められる商品もあります。
それは、アフターケアも考えて作製されています。
家などは、その代表格ですね。
使用途中で思いが込められます。
長きにわたり使用する印章などは、尚更です。
使用頻度は少なくなりましたが、それでも人生の重要な場面でご使用頂きます。
思いは、積もり込められていきます。
最初に、お作りになられたときの思いと
それを受けて、職人が込める思い(魂)と
使用していく中で、積もっていく思い(魂)が混在して
佳き印章となり、完成形に近づいて行く・・・
そういうスタンスが職人には必要だと私は思います。

ネットショップの「お客様の声」を更新しました。
ご一読お願い致します。
http://mitamura-inshouten.com/wp/voice

posted: 2019年 10月 25日

神無月の思い出

空狭き都に住むや神無月
【作者】夏目漱石

陰暦十月の異称が「神無月」ですので、まだちと早いのですが、この時期になると思いだす事があります。
神無月に神在月の島根県に行ったことがあります。
平成13年11月、第21回一級技能グランプリ全国競技大会(当時の正式名称で、今は「技能グランプリ」に変わりました)に大阪代表選手の一人として参加しました。
この頃は毎年3月の中央開催で、初めての11月の地方大会でした。
結果は惨憺たるもので、ライバルに1位を持って行かれました。
参加選手で出雲大社に参拝もさせて頂きました。
当時の選手とは、年齢も似通っていて、今でも印友としてのお付き合いをさせて頂いており、困った時には力になり合う仲です。
参加選手にとって、技能グランプリの目的は、1位を取ること以外にはないと思います。
しかしながら、振り返ってみるとそうでもなく、それは私が1位を取れなかったという負け惜しみかも知れませんが、大きな経験とかけがえのない印友を多く持てた事が、今の仕事の財産になっていると思います。
最高の技術の作品を目指し、印章を作製する・・・それは、大切なことだと思います。
しかし、モノづくりというのは技術オンリーではないということに、恥ずかしながら、最近気づきました。
最高の技術の印章を作製する先は、自分では無く、使用者にあるということです。
自分が持てる技術とともに魂を吹き込む、それに共鳴された使用者が購入頂き、その後に自らの魂を吹き込みながら使用してくださる。
そして、その人オンリーの世に一つの印章が存在する。
とてつもなく長いスタンスで、印章を製作するという職人哲学が必要なのです。
それを教えてくれたのは、技能グランプリではなく、そこに集った多くの仲間たちの汗であったと、今振り返ると、強く思い出されます。

そういう経験を多くの後進にして頂きたい、継承していただきたいと思い、印章業界での技能検定や技能グランプリの継続を微力ながら声にしていかねばと考えています。
自分が良ければよいという考え方は転換していかないと「継承」はありません。
「継承」が無くなると、自分もその技も無くなります。

posted: 2019年 10月 24日

弛み無き努力・・・ハンコ職人として生き抜くとは

中印連大会から始まった3連休は予定がぎっしりで、とても疲れました。
来週も連休は、予定がびっしり・・・
予定が何もないとか、中途半端な状態より、多くの人と出会い、たくさんのお話ができて、疲れはしたものの、充実した3日間でした。
印章業界は小さな世界です。
扱っている商材も小さなハンコです。
大事な事は連綿と続くという状態をつくり、その中にいるという事を意識することだと思います。

大印展の作品開封が済みました。
理事、技術委員、大印展委員のみなさま、ご苦労様でした。
昨年並みの出品数を頂けたようです。
私の感想としては、木口が少ないように感じました。

中印連大会の記念講演をさせて頂きました。
「商売に技術は活かされるし、技術を習得し、お客様に還元していくと、今度は逆に技術が恩返しをしてくれますよ」という内容のお話をさせて頂きました。
一つ付け加えたいことがあります。
それは、技術に自惚れてはダメで、上手だけではだめだということです。
例えば、大印展には様々な部門があります。
そこに出品していて、自分の位置を知ることは大切なことです。
しかしながら、あくまでそこに出品されている作品の中での位置であり、それに満足してしまうと、ただそれで終わりだということです。
周りも上手くならないと
そして、次の人が出てこないと
次を作らないと
それで終わりだということです。
それで終わりとは、自分は上手いという自己満足(本当に上手いのかどうかは疑問)で終わりで、他者には伝わらないということです。
後継を育て他者に伝える、そういう努力も大切で、自分ができなければ、それをしている人を敬い大切にするということが、自分の技術が活かされる道であるということだと最近強く思います。

posted: 2019年 9月 17日

開拓者精神の途絶えた印章業界

今日の連続テレビ小説『なつぞら』をまだ見ていない人
ごめんなさい。
漫画映画の黎明期、その開拓者が北海道の開拓者であるおじいちゃんに話を聞いています。
何事にも先人がおり、先人の成してきたことの上に我々があるということを忘れてはいけません。


技能検定について思う事を何日か前に、少し厳しめに訴えたと思います。
今回は、ゴム印彫刻だから自分とは関係ないとか
技能検定は、一部の人がしていること・・・技術オタクにやらせとけ
という思考が蔓延しています。
先輩や先生方がどれだけ苦労して、印章業界に技能検定という国家検定の制度を取り入れ、それを定着させるためにどれ程の苦労をされてきたかを、少なくとも私は知っています。
開拓者精神のころは、現場を見ていませんが、多くの先輩方から「失くしてはいけないもの」として教えられてきました。
他の国の印章業界に、日本のような国家検定のような技能検定の制度を死守してきたところはあるのでしょうか!
無いと思います。
だから、印章を登録するという制度や慣習が日本にはまだ健在な理由の一つとなっているのです。
同じ東洋の国でも、台湾や韓国には、技能検定という制度がなく、登録制度が一部をのこして消滅しています。
来年、最後のゴム印彫刻の技能検定が実施されます。
近畿の講習会においても、9月、10月は大印展実務作業が忙しく開催できませんが11月、12月は開催いたします。
来年に入れば、トライアルも致します。
どうか、みなさん応援してください。

少し頭に来ているので、もう一つ述べさせていただきます。
先人よりお預かりして、私としては亡き二葉先生より託された大印技術講習会を冒涜する人は、何人たりとも許しません。
どんなにお偉い方でも許しません。
最後の訴えは、ほんの一部の人に向けてのことです。
この場をお借りしたことをお許しくださ

posted: 2019年 9月 10日

お客様カルテ

二百十日馬の鼻面吹かれけり
【作者】高田 保

二百十日は過ぎましたが、台風15号が関東地方に猛威を振るいました。
被害に遭われた方には、心よりお見舞い申し上げます。
大阪は、本日も夏日です。
秋晴れというより暑いです。
昨日は店にこもり、大印展の審査員作品作りや講演の準備をしていました。
シャッター半分で仕事をしていると、リピーターのお客様からの電話が入りました。
ご子息の実印を調整して頂きたいとのこと。
すぐに、お客様カルテを取り出しました。
そこには、平成27年にご子息の銀行印をご購入くださったことや様々な情報を記入しています。
完成デザインの3点をご提案中、どのデザインを選択されたか、仕上がりの印影等々・・・そこからお客様の嗜好も見て取れます。


お医者様は、患者さんの病歴をカルテにしておられます。
それを見て、現在の診察の参考にされます。
診察が完了すると、その内容のカルテに追加されます。
当店のカルテも、リピーター回数が多いお客様のものは、冊子のように太くなっています。
写真は、そのカルテ郡の一部です。
16時過ぎに来られたお客様と雑談も交えながら実印のお話を1時間余りさせて頂きました。
有難うございました。
精魂込めた仕事をさせて頂きます。
感謝!

posted: 2019年 9月 9日

自分たちはつくり手であって、消費者にはなるな

8月が終わっちゃいますね。
お仕事以外にいろいろあって、少しバタバタしている月末となりました。
昨夜のラピュタは、後半を見逃しました。

寝る前に少しずつ考えながら読んでいる『エンピツ戦記』(舘野仁美著)の宮崎駿さんのエピソードにピンと感じるところがありましたので、ご紹介しておきます。
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宮崎さんは私たちスタッフによく言っていました。
「自分たちはつくり手であって、消費者にはなるな」
「消費者視点で作品をつくってはいけない」
いつのまにか社会は、消費者によって占められてしまった。今の大きな問題というのは、生産者がいなくなって、みんなが消費者でいることだ。それが意欲の低下となって、この社会を覆っている。
ジブリにおいてもしかり。人を楽しませるために精一杯の力を尽くすより、他人がつくったものを消費することに多くの時間を費やしている。それはじぶんのような年寄りから見ると、ひじょうに不遜なことである。もっとまじめにつくれ 自分のもてるすべてのものをそこに注ぎこめ と言いたくなる――。

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消費者になってはいけないということが、作るという行為の中に浸透してしまっては、よいものは、クオリティの高いものは、私もできないと思います。
ただ、このことと暮らしに寄り添うものをつくるということは、次元が違う問題です。
言い方が難しいのですが、消費者水準でものづくりをしてはいけないということだと理解しました。
また言い方を変えれば、社会の動向に合わせたものづくりをしていと、そのもののクオリティが社会水準になって、平均したものしかできなくなる。
平均的な大量生産をして、大量消費に結びつける思考が今までの経営哲学の在り方です。
消費者に長年愛用していただけるものではない、消費者水準のものづくりを印章に例えますと、文字にイラストをコピペした印章、文字をパソコン機能で幾何学的なものに変化させた印章・・・それらは、消費者水準のモノづくりであると言えます。
それらは、印章とその文字を探求した職人の技を活かし、精一杯の力を尽くしたというより、他人が作ったイラストやコンピューター機能を利用したことを自分の技量と勘違いしたものづくりであるということだと思います。

また、展覧会や競技会、書道展の作品作りは一生懸命に取り組むが、お客様渡しの印章はそれなりにならまだしも、性根の入らない別物と考えているようでは、賞状や肩書が泣いておられる方もおられます。
何のための技術か!
技術者が印章の価値を落としている事例も耳にするようになりました。

「もっとまじめにつくれ 自分のもてるすべてのものをそこに注ぎこめ と言いたくなる――。」宮崎駿さんのお気持ちはよくわかります。

朝からご予約の客様がニヤミスをすることなく二組の方とのお話を終えました。
お一方は、成人された娘様へのお祝いに
もうお一方は、きちんとした印章を求めて群馬からのお客様。
遠方より有難うございました。
精魂込めてあたらせて頂きます。

posted: 2019年 8月 31日

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