無一物

雨のふる日はあはれなり良寛坊

【作者】良 寛

 

春の雨は、やわらかな印象を受けますが、このゴールデンウィーク前の春雨は、コロナ禍であり、重く暗く感じてしまいます。

「無一物」を信条に74年を生きた良寛さんも雨の降る日はあはれを感じていたのでしょうか。

古来、禅の世界では、「本来無一物」や「無一物中 無尽蔵(むじんぞう) 花有(あ)り 月有り 楼台(ろうだい)有り」と言われている。

良寛さんは、物だけでなく、地位も名誉も、そもそも自分自身をも、自分の持ち物にはしなかった。

物であれ心であれ、執着することをまったく捨てはて、手放していたのである。

雨を見て、重さや暗さを感じるのは、きっと自分の中に何か執着心があるからだと思います。

このままでは、印章はどうなるのだろうか・・・とか、技能検定は大丈夫だろうか・・・とか、それはなるようにしかならないのは、当たり前なのであるが、それでもこの雨を重く暗く感じる自分の心にも素直になりたいと思います。

posted: 2021年 4月 28日

3度目の緊急事態宣言1日目に、昨年を振り返りました

3度目の緊急事態宣言の一日目、昨年の事を思い返しています。

リモートワークの邪魔者にされ、行政手続きの簡素化の障壁の代表格に祭り上げられた印章。

そして、大臣による行政手続きにおける「押印廃止」に繋がっていきました。

継承現場である技術講習会は、対面講習ができなくなり、臨時休講が常態化していきました。

今年に入り、リモートによる講習や通信添削に、継承者である講習生の技術に向かう意欲の低下がみられ、現場を疲弊させ来年の技能検定受検者100名確保に一抹の不安を残しています。(100名集まらなければ、印章業界から技能検定は無くなります)

人が使用する物をつくるという事には、作り手の思いが入り込むというのが、古来日本的な考え方であります。

今、新疆ウイグル自治区において作成されているものに、強制労働というマイナスな思いが入り込んでいます。

政治的な問題、不買運動、それに抗う姿勢・・・それがないと安価に早く供給できないという問題を抱えて、そこから目をそらす企業の姿勢

強制労働によりつくられたトマトや綿花には、やはりマイナスの思いが入り込んでいると思います。

 

日本の伝統工芸も人の思いを大切に受け継がれてきた技術であります。

印章は、伝統工芸だと思います。

神代の「おしで」という印章の基となった考え方を土台にして、古代メソポタミアのシリンダー型印章の発明から、シルクロードの終着点である正倉院にたどり着いた印章が、「おしでの大神」に受け入れられて、公から民へ、広く受け継がれてきた道具であります。

その技術も先人よりの道筋を繋げてきた名も無き職人の努力によるものです。

だから職人道徳に守られ、唯一無二の世界を表現して来たのだと思います。

 

印章は、早く安くという間に合わせでできるものではありません。

作成に時間が掛かり、一つ一つ丁寧な作業工程があり、その過程で思いは表現されて行きます。

パソコンで作製されたデジタル的な印章には思いが入りません。

先人からの技術の道に乗っかっていない、本道から外れた職人まがいのものであります。

デジタルを否定しているのではありません。

印章の役割をデジタル化することや、共存すると言う姿勢に疑問を感じているのです。

デジタルで作られたものは、デジタルの中に完結します。

デジタルの中の印影は、先人がつくったプロセスを無視した結論としての印影デザインでしかありません。

そこに思いは乗らない、入り込まないのです。

デジタルの目的が、利便性や合理性であるとすると、印章は事象と事象の間に入る時間を有した人のプラスの思いを運ぶ道具です。

利便性や合理性とは対局軸に位置するものが印章です。

そこに乗っかり共存しようとする姿勢には、職人道徳が欠如し、最初から論理的に破たんしていたと私は思います。

この時間を有した印章という道具をもう一度みんなで考えて頂くことが、“日本人からなくなりつつあるモノ”を復活させて頂く一助になると強く思います。

 

そして、今、わずかに残された実印という概念は、職人の思いがこもった実印をお求めになられ、使用者の思いが入り込めるような良き仕事のものを選択して頂けるように消費者の皆様には、切にお願い申し上げます。

その行為が、ハンコを作製する職人とその技術を残すことに繋がります。

デジタルは、利便性と合理性の世界で、人の思いを伝えるとか、時間軸を有する道具という役割はありません。

posted: 2021年 4月 25日

しっかりとした技術に裏打ちされたものを伝える

春の蔵でからすのはんこ押してゐる

【作者】飯島晴子

昨日、業界誌が届きました。

2月に実施された技能グランプリで厚生労働大臣賞に輝いた桜井優さん(長野)のことについて掲載されていました。

受賞の感想として最後に、こう述べられています。

「学んで身に着けたものを後進へ繋ぐこともグランプリ経験者に課せられたことだと思うので、今回の受賞を励みに精進していきたい。」

また南信州新聞には次のようにコメントされています。

「脱はんこの流れにあらがってなりわいを守るのは簡単ではないが、やはりはんこの文化、道具としてのはんこの大切さは伝えていきたい。しっかりとした技術に裏打ちされたものを伝える活動ができたら」

 

はんこ職人は、何を守り、何を伝えなければならないか・・・それをしっかりと持つことが、このご時世如何に大切かの解答をえたような気持ちにさせて頂けた。

印章という概念や、印章文化や制度を守るのではなく、「しっかりとした技術に裏打ちされたものを伝える」それに尽きるのではないでしょうか。

勿論、それがあってこそ、印章文化や制度を守るという行動に繋がります。

土台を守る、そして伝える・・・それでいいんじゃないかな・・・。

そこにはデジタルとの共存も電子印鑑もあり得ない、小手先の延命策が入り込めない世界だと私は強く思いました。

http://minamishinshu.jp/news/local/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E3%81%95%E3%82%93%E9%87%91%E8%B3%9E%E3%81%AB%E8%BC%9D%E3%81%8F.html

 

posted: 2021年 4月 6日

急ごしらえは、あきまへん

はなはみないのちのかてとなりにけり

【作者】森アキ子

温かい日差しを感じる今日この頃で、通勤途上には引っ越しのトラックがあちらこちらに見かけられます。

 

愛知県常滑で実施された第31回技能グランプリが終了して、間もなく一月が経とうとしています。

審査に携わった者は、その内容を口外してはいけないこととなっています。

審査の内容に関わる事ではなく、競技補佐員としての仕事を果たしながら、雑談で話していた時に一番心に残った事項をお話します。

審査に携わった人達は、勿論それぞれの技術論をお持ちの先生方です。

技術に向き合う姿勢は厳しく、それだけのことをされている方々ですが、それぞれ少しずつですが、印章彫刻の方法が違います。

傾斜台を使用する、しない

棒台で仕上げる、篆刻台仕上げ

等々・・・

ある競技補佐員の方が、「あの選手は私と同じやり方だが、やり方が間違っている。」

遠目からしか我々は選手を見れないことになっていますが、姿勢や手の動きを見ていると分かるものなのです。

その方は、「教えてあげたい!」と言われていて、競技が終了すると、すぐに作品内容ではなく、彫刻作業についてレクチャーされていました。

私もいろんな彫刻方法を見てきました。

一番なのは、姿勢と運刀のリズムだと思います。

上手な人は、リズミカルに楽しそうに坦々と作業されています。

おそらく自らの仕事場でも、同じようにされているんだ、普段がそうなのだと想像容易いリズムです。

その時だけ、その作品だけという単純な一夜漬けではダメで、そんなに甘くはないのが技能グランプリです。

普段の自分が顔を出します。

仕事もそうです。

この仕事だけ、とりわけ懇切丁寧になんてできないのです。

全てが一緒。

普段の修練が大切なのです。

坦々と同じことを繰り返す、リズミカルに楽しく、長い年月をかけて積み重ねていく・・・

それが職人仕事だと思います。

付け焼刃や間に合わせでできるものではありません。

急ごしらえは、あきまへん。

posted: 2021年 3月 17日

しんかんたる否定

耕人は立てりしんかんたる否定

【作者】加藤郁乎

 

大臣のバカげたツイッター騒動とその後の認印のしんかんたる否定は、業界人の予想を超えて社会に浸透していっているように感じます。

それは、コロナ禍で疲れ果てた人達ではあるが、これからの真偽をきちんと見極めようとする志向が浮き彫りになってきているように感じます。

何があっても本物を求め、本物の技術を駆使する事を望む人々は、このコロナ禍であっても、やり方を変えたり、目先を変えようとはしません。

田畑の真ん中で、汗水流しながら大地を耕し続けています。

工夫は大切ですが、自然の前では、それは装飾に過ぎません。

コロナ禍だからとか

コロナ以降の世界、商売の在り方・・・

本物志向の新しい世界、ルネッサンスの再興・・・

そんなこととは関係なく、先人が教えてくれた技が自分の中に入りこんでゆく。

ひとつ、ひとつ積み上げてきたことが、

今、面白い

仕事が面白い・・・。

耕人が黙って立っているだけで、しんかんたる否定を示す。

そういう人になりたいと・・・

共鳴頂くお客様に感謝。

posted: 2021年 3月 4日

手仕事のプライド

きさらぎや 人の心の あらたまり

【作者】吉分大魯(よしわけ たいろ)

 

今日は調子が良い日です。

手仕事をしていると、そういう日ってありますね。

印稿(完成デザインの草稿)を考えていて、輪郭である円のなかで、鉛筆を滑らしていると、線が線を生んでくれます。

文字骨格を線書きしていて、その線が全く上手い形に収まらない、頭に来て破いて捨てて、本当に文字との格闘だと思う日もあります。

書いている線が次の線の予兆をしめしてくれたり、模索して沢山の線の中から美しい線が生まれてくることもあります。

仕上げ刀を何回砥いでも切れるという感覚が伝わらない、上手い線が表現できない日もあります。

そういう日は、仕上げを止めて、別な事をします。

 

だから、より良い物を作るための職人仕事って時間が掛かります。

デジタルには、ここのところ色々とミスが続いていますが、本来デジタルや人の手が入らない機械仕事は、安価に大量に安定した供給をしてくれます。

しかも今流行りの迅速に・・・。

 

やはりそれらとは一緒にはして欲しくないし、一緒にはしたくないという、手仕事のプライドが私にはあります。

posted: 2021年 2月 10日

仕事

寡作なる人の二月の畑仕事

【作者】能村登四郎

 

以前にもご紹介させて頂いた句かも知れません。

何となく、今はそういう気分です。

寡作であっても、2月の今から畑仕事をする。

大規模農業(経営)をされている人からすると、わずかな作物しか取れないけれど、丹精のこもったその地からの素晴らしい恵みであります。

それで満足する。

足るを知る在り方(経営)もいいのではないかな。

仕事の仕方にはいろいろあると思います。

仕事の捉え方も様々なことでありましょう。

「いい仕事していますねェ・・・。」という仕事と

マルクスの言いう『賃労働と資本』の労働としての捉え方の仕事もあるでしょう。

みんな一括りにはできませんが、「働き方改革」という働き方の中にある仕事や、リモートワークという仕事は、みんな一括りに仕事を纏めようとしているような気がしてなりません。

リモートワークって何でしょう?

それは、パソコンの前に座ってする仕事?

それが悪いというのではなく、なぜ、全ての仕事をパソコンを前提にするのだろう?

デスクワークばかりが仕事でないし、家で出来ない仕事もある。

自分の置かれた環境やその中で楽しく仕事をしているのが普遍的な事

それを一つにまとめようとするところに無理があります。

以前にもお話したことがありますが、「村の鍛冶屋♪」という嘗ての小学校唱歌である鍛冶屋さんの仕事が大好きです。

鍛冶屋さんではなく、その仕事に向き合う姿勢が大好きです。

今日もいい仕事ができるように、自らの畑仕事に精を出します。

*写真は、河井寛次郎60歳頃の拓本「仕事」です。

posted: 2021年 2月 5日

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