分かち与える

鍛錬し培ってきたものは己の宝

宝は分ち与えるほどに輝きが増す            【作者】伴虚無蔵

 

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』も最終週ですね。

本日、伴虚無蔵さんのおそらく最後のセリフが、このドラマのテーマとつながったような気になりました。

 

印章は、それを使用してくれはる人が品格と誇りを持てるものであるべきだと思います。

印章が、オモチャであったり、何か(フォントや写真という他者のもの)のコピペで、彫刻者が「彫れる」という自己満足であったりしてはいけないと思います。

印面の中身(章顆)が社会により吟味される時代となってきています。

要らぬ物は要らない時代・・・何を鍛錬し培うのかが問われる時代

そして、それを分かち合うことにより輝きが増し、初めて意味を成すのかなと思います。

分かち合う場・・・私にとっては、組合の技術講習会でした。

現在も研究科の講師としてのお役を仰せつかっています。

それは、鍛錬をしながら向き合わねばならないことで、蓄積したものを放つというものではありません。

常に充電しないと空っぽになり、分かち与えるものが無くなるのだと、日々精進の毎日です。

今日も印面に向かえることに感謝です。

 

posted: 2022年 4月 6日

中心の把握力

春の蔵でからすのはんこ押してゐる

【作者】飯島晴子

 

 

 

 

 

 

 

 

腰痛やなんやかんやと言い訳をしておりましたが、今朝は菩提寺への朝散歩に出かけました。(写真は、その道中の景色です。)

昨夜、その為に早く寝ようと思っていたのですが、BSのNHKで「明鏡止水~武のKAMIWAZA~」というおそらく再放送の番組を偶然見て、夜更かしをしてしまいました。

弓術、居合術、空手、弓馬術礼法などの武術家のお話でした。

共通して言われているのは、呼吸法や姿勢の問題などもありますが、私が一番共感したのは、刀や弓は強く握らないということです。

また、空手では握力だけで相手の手を強く握っても痛くない、相手の細胞の中に入るように柔らかく握ると、相手は痛みを感じ大きなダメージを与えることができます。

軽く握る、柔らかく握るというのは、私が仕上げ刀を持つイメージと同じです。

知らなかったのですが、東京の亡き小川先生も「仕上げ刀はタマゴを持つように優しく持ちなさい」と言われていたようです。

仕上げ刀を強く握ると真っすぐにしか進みません。ゆで卵(にぬき)を壊さないように持つと仕上げ刀の先が自由自在に動き回ります。

それだけ、仕上げをかけるという技は、繊細で、ある意味筆を持つより繊細な表現が可能なのです。

居合術の達人の方も同じような事を言っています。

また、体術・・・体の中心を把握することの大切さを言われていました。

この間、腰痛がひどくなり、整骨院の先生に姿勢を写真に撮ってもらうと、猫背の姿勢でした。

仕事上、どうしてもそうなるのですが、仕上げ刀をタマゴを持つようにと言われた小川先生の姿勢はとても良い姿勢をされていたことを記憶しております。

全ての方が共通して言われているのは、「中心をつかむ」ということ。

中心をつかめなければ、相手のバランスを崩す事は出来ません。

実は、印章の字法・章法にも共通することです。

印面の中心(センター)を把握できなければ、文字が輪郭の一部に引きずられて行きます。

一文字のみをみても、その中心がどこにあるのかを把握できなければ、偏と旁のバランスが悪くなります。

「田」という字の真ん中の横画の位置をどこに置くかで、その重心が違ってきます。

真ん中(二分の一)に置けば、重心が下がって見えます。

中心を把握できなければ、重心が下がっているのか上がっているのかさえも理解できないのです。

こういうことは、技術講習会で繰り返しお話してきた私の経験です。

技術講習会でお話してきたことを、今後はこういう場でどんどんと公開して行き、きちんとした印章の見方の基準を発信していきたいと思います。

 

 

posted: 2022年 4月 3日

三心と仁義なき戦い

母校の小学校の増築工事が完成したようです。

昨日は、雨のために甲子園での高校野球の中継がなく、ラジオからは中継ぎの放送が聞こえていました。

その中で、精進料理の三心という話に引き込まれました。

これは精進料理を作る人の心構えを説いているものです。

以下、ググったコピペです。

「調理をする心がまえとして、道元禅師は、「喜心・老心・大心」の「三心」で行ないなさいと教えられています。「喜心」とは、他人のために喜びの心で調理すること。「老心」とは、父母の心。つまり親がわが子を思う気持ちで調理すること。「大心」とは、心を山のごとくどっしりと、また大海のように広々とさせ、一方に片寄ったりしない心で調理すること。」

メーカーが、しかも浸透印メーカーが実印や法人印も扱いにいれたネットショップを運営しだした今の印章業の経営者には見られない、もの作りの原点を感じました。

 

 

今、BS12チャンネルで朝ドラ「カーネーション」の再放送をしています。

看板を娘3人に譲ろうと決意した糸子の気持ちが痛いほどわかる年齢になって来ました。

そのなかで、糸子に洋裁の手ほどきをした根岸先生の言葉にも、もの作りの原点を感じました。

「本当にいい洋服は、着る人に品格と誇りを与えてくれる。

人は、品格と誇りを持てて初めて、夢や希望も、持てるようになる…いい? あなたが志している仕事には、そんな大切な役割があるのよ…」(糸子への根岸先生の言葉)

 

 

印章業界も「仁義なき戦い」の様相を呈してきています。

これでいいのかなと思う反面、これも時代かなとも思います。

残り少なくなった陣地を奪い合うどこかの国の強行な態度を思い浮かべることが出来ます。

 

 

道元禅師や根岸先生のような考え方で私はいたいし、その方が楽しいのでは、戦より楽しい人生でありたいものですね。

今日も印面に向かえることに感謝です。

posted: 2022年 3月 23日

塊と魂

3回目のワクチンを12日の土曜日に接種しました。

2回目ほどではなかったのですが、日曜日には38度7分まで熱が出ました。

日曜日は休養というより熱で体がしんどく動けませんでした。

 

インスタグラムに投稿した「どこで何をして生きようと、お前が鍛錬し、培い、身につけたものはお前のもの。決して奪われることのないもの」という朝ドラ「カムカムエヴリバディ」の虚無蔵さんの言葉に、寝具技能士のひとからコメントを頂きました。

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一級に合格して間もない頃、嬉しくて少し余裕をこいていた僕の仕立てたふとんを見た師匠に

「お前の仕事には心がこもっていない!ただの布団と同じ形をした綿の塊や!」と、けちょんけちょんに叱られしょげていた時に師匠のお母さんがそっと言って励ましてくれました。

そんな事を思い出しました。

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印章業界にも「布団と同じ形をした綿の塊」のような印章を販売されているところが実に多いと思います。

「カムカムエヴリバディ」風に言うと、あんこの声を聞いていない商売人が多いのが実態です。

きちんとした商売人は、きちんとした商品を販売されます。

きちんとした職人が魂のこもった仕事をするのと同様です。

ところが我が業界、悲しきかな、売れたらよいという思考が先行しています。

どんなもんでも売れたらよい・・・なかなか怖い思想だと私は思うのですが・・・逆に私の考え方を、個人的な思想を持った発信と揶揄される方もおられるようです。

しかし、そのようだから印章の価値は低落し「押印廃止」に繋がる流れを作り出してしまいました。

今は印章業界のきちんとした職人や商売の在り方が寒風にさらされています。

技能検定もそうですが、技術とその継承現場に陽光をあて、蕾をほころばせる努力に目を向けてほしいと考えます。

蕾は確実に技術のなかに存在するのですから・・・。

私も鍛錬を忘れずに虚無蔵さんの境地とあんこの声を聞ける職人でいたいと思います。

posted: 2022年 3月 15日

合格発表

不可能を辞書に加へて卒業す

【作者】佐藤郁良

大阪では2月13日に実技試験が実施された技能検定の合格発表が職能ホームページに公開されました。

合格された皆様、おめでとうございます。

たとえ1級に合格しても、その合格証書を活かさなければ、技能検定は上手い下手ではなく、ただ単なる技術の量的評価にとどまるということです。

自分が技術的に何が出来ないか「不可能」を知り、上手になるために修錬していく材料を得たと心得れば、1級合格はプライドとして自分を高めてくれることでしょう。

「どこで何をして生きようと、お前が鍛錬し、培い、身につけたものはお前のもの。決して奪われることのないもの」(虚無蔵の言葉より)

2級に合格した人は、嘗ての手彫りでの合格ではなく、あくまで手仕上げの合格です。

1級までの距離は、嘗ての2級合格より長い距離になっています。

試験対策のための「やっつけ講座」では、合格を目指せません。

地元の技術講習会などに積極的に参加して、日々の鍛錬を欠かさないようにして下さい。

2級合格の人は、3年後の技能検定受検資格を有したことになります。

是非とも、頑張ってください。

1級、2級とも不合格であった人は、その基準に達する技術の数量が足らないということです。

精進努力あるのみです。

「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」(虚無蔵の言葉より)

 

posted: 2022年 3月 11日

捺印の仕方

抜くは長井兵助の太刀春の風

【作者】夏目漱石

藤本胤峯著『印章と人生』第18章(1)捺印の仕方という項には次のように記されています。

「印影は気分を反映す」とし、第一に印肉のつけ方、第二に印褥、そして第三に捺印としております。

印章の歴史的研究や文字学、篆刻の書籍などが多い中、印章使用者サイドからの捺印の仕方を述べている書物には、これ以外には出会ったことがありません。

そこには、次のように記述されています。

「印章に軽く目礼し、臍下丹田に力を込めて、ゆるやかに紙面に押し、指先で「の」の字を書く如く廻す気持ちで力を入れて「し」の字に引くように離すのである。」

2月後半に胃痛に襲われ、2~3日仕上げ刀を持てなかった時がありました。

臍下丹田に力が入らないのです。

勿論、肩や手先に力が入ると仕上げは出来ませんが、丹田に力が入らないと指先にまで影響するのかと、その時藤本先生の捺印の仕方を思い出したのです。

2月の技能検定での受検者の手元を見ていると、他の検定員の先生もおっしゃっていたのですが、ほとんどの人が仕上げ刀法が出来ていないというか、仕上げ刀の持ち方がヘンテコな方が、確かに多かったように思います。

これは、合否には関わりない事なので、今後の為に話しておいた方がと思い、取り上げました。

手の甲を上に向けたり、鉛筆を強く握るように持っていたり、ぎこちないヘンテコな握り方で、おそらく手先、指先が丹田と繋がっていないのではと推測します。

東京の亡きO先生は「仕上げ刀はタマゴを持つように優しく持ちなさい」と言われています。

この11日には技能検定の合格発表があります。

合格された方は基本が備わったということですので、指先だけでなく丹田を意識してきちんとした印章作製に励んでいただきたいと強く思います。

 

posted: 2022年 3月 9日

技術は生産に結びつかなければ意味をなさない

耕人は立てりしんかんたる否定

【作者】加藤郁乎

 

先日から、印稿(彫刻前のデザイン)の添削のお話をしております。

これが本来の私の役割で、もっとも製作現場に近いことであります。

現在の講習生の印稿は、この13日に締め切りとなる大競技会への出品作品であります。

先日もお話したとおりに、審査員として審査には当たりますが、作品作りへの指導を少し離れていました。

作品を出品される方は、研究科の講習生に多く、研究科の先生の考え方・やり方に口を挟むようで、また講習生が講師の先生により言う事があまりにも違っていたら、何を信じて進めばいいのか分からなくなるからです。

ここ数日、添削をしていて前の感覚が戻りだして、面白くて仕方がありませんが、ふと講習生の印稿を見ていて共通点があります。

実に上手な線を出しているのです。

基本科の講習生や一部の人には、輪郭は定規やコンパスを使い手で書くようにしましょうと口うるさくいってきましたが、みんな印刷されているものやパソコンを使用しての輪郭を使用しています。

また、篆書と言う文字は、他の書体と違い、左右対称になる文字が多いのです。

偏と旁の旁のみ左右対称とかいう文字も多く見られます。

それが、きちんと左右対称になっている・・・少し前から研究科での様子をみていると、そういう事を感じてはいました。

以前の私なら、「手で書き直せ!」と突き返していたのですが、それが今の作品作りの現場であり、パソコンが通常の仕事にはなくてはならないものであり、それが具体的には製作現場であります。

パソコンを使用して、その機能を利用して判下を作製して、それを転写したものを手で彫る・・・そう言う流れが多いのではと推測します。

良い悪いは別にして、それが今の作品作りの様子なのかも知れません。

現状をよく知ろうと思います。

  • どういう風にして、作品作りをしているのか?
  • お店での(製作現場)での印章の作製方法は?

を今度の講習会で聞いてみようと思っています。

そして、講習会に何を期待するのか・・・これが一番大切です。

講習会に来て、上手にならないなら、講習会は意味がありません。

それは、商売に役立たない組合にはいっているのと同じことになります。

パソコンを使うことを悪く言うつもりはありません。

私も、最初から手彫りで勉強を始めたわけではなく、大野木式という回転しているピンを手作業で荒彫りする機械の練習から印章彫刻を習い出しました。

手彫りを覚えたのは、講習会に通いだしてからです。

文字を書として認知することも大切ですが、彫刻においては図形として認識した方が、実用印章技術の習得は早いと私自身も考えます。(木口は数学だと言われたO先生の言葉が今はよく理解できます)

パソコンやパソコン機能をツールとして、これからは捉えられる指導が求められているような気がします。

先生ぶって、書(?)を知り、一から筆と手でしか良い物は出来ないなどとは、私も微塵も考えていません。

最終的には、市場できちんとした印章が幅を利かせ、量販店のフォント印章が肩身の狭い思いをするように持っていく事が肝要だと思います。

ですので、製作現場を変えるためには、継承現場を変える事も大いにもとめられていると私は思います。

このようなアンケートを全国的に実施して現状を分析精査して、方向性を全国の指導者が議論できる場を持つことが大切だと考えます。

生産(製作現場)≒継承現場≒作品作り(大競技会やグランプリ)が理想であり、近似値を探すことが必要です。

印章製作現場の「しんかんたる否定」は、書を知り、筆を持ち、印刀を砥ぎ、仕上げ刀を駆使する・・・印面との対峙からであり、勿論、それを忘れることはダメだとは思います。

posted: 2022年 3月 4日

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