強い工芸的な意思

缶コーヒー膝にはさんで山眠る

【作者】津田このみ

漫画家の水島新司さんの訃報を伝えるニュースを目にしました。

「ドカベン」や「野球狂の詩」、「あぶさん」というよりも、野球に興味がない私でも子供の頃夢中になった「男どアホウ甲子園」のストレートしか投げない剛腕投手、藤村甲子園を思い出します。

昨年より昭和の歴史をつくってきた人々の訃報を多く耳にするようになりました。

先日の技術講習会でも、コロナ禍で伝わり方が遅いのかどうかはわかりませんが、えっ!あのお方がという人の訃報を耳にしました。

組合を離れた人の訃報は、中々伝わってこない・・・。

平成と言う時代もありましたが、昭和に生きた人々の力強さを感じる今日この頃で、私にはとても真似できないなぁと痛感するようになりました。

職人生命の限られた残りの期間で、私に出来る事は何だろうかと考えるようになりました。

やらなければならない事が多くありますが、それを一つ一つ整理しながら進みたい。

「お客様にきちんとした印章をお渡ししたい」という強い工芸的な意思に沿う事象かどうかをメルクマールにして、そうでないものは排除して、身につけなければならないモノを取り入れることに懸命になりたい。

水島新司さんのご冥福をお祈り申し上げますとともに、業界の先輩方へのご冥福も時間がたくさん過ぎてはいますが、この場をお借りしましてお祈り申し上げます。

 

posted: 2022年 1月 18日

あたりまえのありがたさ

初仕事コンクリートを叩き割り

【作者】辻田克巳

今日は仕事始(初仕事)です。

家族みんなで、ゆっくりとしたお正月を過ごさせて頂きました。

それが、「あたりまえ」なのです。

「あたりまえ」を維持するためには、時にはコンクリートをたたき割らねばならない事もあるかなとも思います。

一番ダメなのが、迎合です。

次には惰性です。

「あたりまえ」は革新性がなく、惰性のようにも聞こえるかもしれませんが。

「あたりまえ」なくして、革新はあり得ません。

印章においての「あたりまえ」は、誰に対してではなく、使用者その人の信を示せる道具であるという「あたりまえ」なのです。

そのためには、どのように彫刻するか以前の問題として、職人が何を彫るかということが語られないといけません。

どのように彫るかかとか、それに付随する付加価値とかよりも、何を彫るかが一番大切なのです。

たとえば、細密な文字が彫れるということが技術の最高なら、訂正印が一番価値があり、高価でなければなりません。

しかし、違いますね。

複雑な文様の彫刻できる事が最高技術なら、木口木版の方が細密な文様を表現していて、どこかのキャラクターを彫刻したものより、はるかに芸術的と言えます。

実用印章は、文字を彫るというより、人のお名前や団体や企業の名称を彫るということが肝心で、それなくしてあり得ないという事だと思います。

そこが篆刻芸術と言われているものとの大きな違いであるとも言えます。

その前提が、「あたりまえ」のように存在して、その「あたりまえ」を如何に使用者との共鳴に結び付けるか、それが印章業を営む我々の仕事ではないでしょうか。

コロナ以前の私は、印章業界の為に恩返しをすることが、今までの自分を育てて来てくれたご恩であり、後継にそれを繋ぐことが大切な事であると考えてきました。

それは少し違っていたと反省しています。

それのみに傾注すれば、迎合や惰性が発生して、自分の在り方を見失う処でした。

コンクリートを叩き割るという事ではありませんが、自分をさらに育て上げないと、印章への恩返しはありえないと思うようになり。

その場が、印章業界ではないというのが昨年の結論でありました。

今年は、それを旨に「あたりまえ」であることができるように、場を変えての活動を模索して行きたいと思います。

更に精進勉強していこうと考えています。

今年も印面に向かえる「あたりまえ」に感謝。

posted: 2022年 1月 5日

来年もご贔屓に!

大晦日さだめなき世の定哉

【作者】井原西鶴

今日は大晦日。

なんやかんやがあった一年でした。

コロナ禍の社会環境が大きかったのでしょうが、自分の中にあったマイナス的な要素があぶり出された年でありました。

昨年の押印廃止に対する業界団体の態度は、そのポスターの文言から矛盾を感じ始め、「嫌なら、貼らなければよい」とするのも会員として理不尽な話だと考えていました。

技能検定の統廃合の話が出てきた時も、真剣に業界における技術の在り方を問題にするのではなく、制度存続のためのパフォーマンスのように感じた数字合わせ・・・これは残念なことに技能士の中にも多い考え方であった・・・また、我関せずの状態を多々見聞きする中で、何故統廃合のような状態になってしまったのかを考える根本がないと感じてきました。

そういう中で、民藝運動が100年続いてきて、その灯火が現在も受け継がれて来ている事に共感共鳴し、もの作りの在り方、自分の仕事の在り方のこれからが、少し見えてきた一年でありました。

来年も業界の方向とは、道を違えることになると思いますが、共通する技術という二文字のとこらへんは、堅持していきたいと考えています。

その他の事には、今度は私が我関せずを通したいと思います。

齢62は残りに向けた活動で、活動時間が限られているという事もあります。

とりわけ、現役で動き回れるのはそう長くはありませんし、業界の為に動くというより印章技術の為に動きたい。

その場を、業界団体中心から変えていきたいと考えています。

その為に、来年の技能検定対応で技能関連仕事の役割は終えたいし、大印展審査員やその裏方も来期からは外れさせて頂きます。

そう強く決意させた一年でありました。

そんな中、毎日印面に向かえるお仕事をくださいましたお客様、有難うございました。

技術を鍛え、さらにお客様に姿の美しい印章をご提供できるように精進努力いたします。

来年もご贔屓によろしくお願い申し上げます。

posted: 2021年 12月 31日

技能士の責任に自覚を持つ

立ちどまり顔を上げたる冬至かな

【作者】草間時彦

 

技能検定合格に向けて、必死に奮闘されているみなさんには、お正月は試験終了後と思われている方が多いと思います。

それくらい技能検定の受験は大変で、死に物狂いにならないと合格できません。

経験されていない方にはなかなか分かりにくい事だとおもいますが、最近は嘗て受検された方もその時の思いを忘れている方やともすると、技能検定自体を小馬鹿にされている方の声も聞こえてきます。

技能士の資格にもっと自覚と責任を持つべきだと思っていた時に、昨夜テレビで看護師の戴帽式のニュースを見ました。

戴帽式は看護師の資格授与においてその責任を自覚させる大切な役割を担っていると言われていました。

はんこ屋、印章業の起源、名字帯刀、立行司という言葉を、携帯のメモに記録して、今日調べてみると、何と一昨年のブログに同じような内容を書いて、技能検定受検者を励ましていました。

そのままコピペして再度ご紹介しておきます。

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【技術と知識】

2月になりました。

明後日の2月3日は、印章彫刻木口作業の技能検定の全国統一学科試験の日です。

実技試験とともに学科試験に合格しなければ、いくら実技が満点でも技能検定の合格証書は頂けません。

はんこ屋職人は、ともすると字彫り職人であり、知識より経験、熟練の世界と思われがちであります。

しかし、きちんとしたはんこ屋さんは、印章についての知識や深い思考を持たれている方が多く、技能士の資格にも勿論それが要求されます。

ですので、モラルを守り世に一つだけの印章製作ができるのです。

 

実用印章を扱う印章業の起りについて、『印章教科書』(公益社団法人全日本印章業協会発行)では、次のように記載されています。

「この頃(戦国時代から安土桃山時代にかけて朱印が作られていた頃)、実名印(後の実印)が商人の間で使用されるようになり、これに伴って、専門の印判師ができるようになりました。秀吉が3人の板版師を選んで、印判師になるように命じ、細字の姓を与えました。これが後の印章業者の元祖となり、京都、金沢にはその子孫が残っています。」

江戸時代に入り、寛永元年に京都の印判師が江戸にくだり板木職と区分され幕府お抱えの御印判師としての看板を掲げ、帯刀を許された者もいたと言われています。

 

名字帯刀を許されたということでは、相撲の立行司もそうです。

権威のみならず、差し違えたら切腹するという意味で帯刀しているとのことですが、当時の印判師も権威を有していたのみならず、偽造をすれば切腹という意味もあったように思います。

元禄ごろになると、偽造を作るものも相当出てきており、幕府は元禄7年に印判をおした印影によって彫ったり、絵本のように綺麗に書いた模様のとおりに彫ってはいけないという法令を出しています。《『はん』(石井良助著)より》

今なら、フォント文字そのまま使用禁止、キャラクター印禁止と言うところでしょうか。

 

世間では、彫刻技術も知識もなく、フォントをそのまま使用して同型印の危険性ある商品を平気で販売している業者が多いなか、政治からは足もとをみられ、「とっくに厳格性が損なわれているはずの印鑑」と揶揄される印章不要論がニュースになり吹聴されています。

2月3日に技能検定の学科試験を受検される方は、合格するための知識としてだけに身に着けるのではなく、これを機会に印章から学び、先人の守ってきた規範とその想いにふれ、それを創造的に活かせるような技能士となっていただけるよう心より応援しております。

 

posted: 2019年 2月 1日

posted: 2021年 12月 22日

練度と修錬

『 白露や 茨の針に ひとつづつ 』

【作者】正岡子規

 

昨日の”技能士の名が泣く前に!”というリブログにコメントを頂きました。

 

「いつも学ばせて頂きありがとうございます。私の仕事は職人とはかけ離れたものと思ってましたが意外にもそうではなく、部署の異動は定期的にあれど根本的には職人の本質と同じだと最近思えてきました。挫けそうになるときもありますが私も先生に負けぬ様に日々頑張ろうと思いますす、人間は今、俺が一番だと思った瞬間から堕落していきますので気を引き締めてやっていく所存です。」

 

私からの返信です。

「コメント有難うございます。

印章業界内にいると、このままでは・・・と思う事が多くなってきています。

とりわけ、昨年の「押印廃止」以降の業界の態度には、根本的に印章の本質を無視した論が、さも正論のように存在する様子には、継承現場や市場とのギャップを感じざるを得ません。

しかしながら、印章に罪はありません。

それどころか、認印一本が今まで果たしてきた役割には、社会への多大な貢献があったと思います。

それを無視した論や印章の技術部分を神棚にあげた論は、本当の意味での継承を途絶えさせることとなるでしょう。

印章技術はマニュアルや真似事で継承されるものではなく、トライを繰り返す練度と修錬で積み重ねられていくものです。

そういう意味で印章は工藝だという認識の下、それを探っていく為に、印章と先人たちの思いと相談しながら、気を引き締めて頑張る所存です。」

posted: 2021年 11月 17日

ホワイトと絵筆・・・修正と加筆の繰り返し

まつすぐの道に出でけり秋の暮

【作者】高野素十

 

実用印章を彫刻する仕事は、芸術でなく工藝であり、職人の世界であるということを、更に説明しようとしていて、何かと時間が無いのを理由にかまけて居たら、そういう大切な事は書き残さないと、ドンドン自分から逃げていく事に気が付きました。

もうかなり、逃げているのかも知れませんが、取り急ぎ覚書程度にお読み下されば幸いです。

幼い頃、小学生の低学年であったと記憶しています。

左利きの私は字が下手だと母親が心配して、近所のお寺で習字を習わせてくれました。

絵を描くようにペタペタと墨を何回も左手でお手本を真似乍ら塗り付けていました。

お前の字は、看板屋の習字だと言われ、1日で辞めてしまいました。

書道は芸術の分野であると思います。

印章を彫刻するにあたり、書を知っていることはとてもプラスになると思いますが、書や篆刻が出来るからといって、実用印章は彫刻できないのです。

今、印稿(完成デザイン)を書く時は、まず鉛筆で大まかな骨格の線を書きます。

そして、筆を使わずに、細いロットリングペンで籠文字を書き太さを与えていきます。

その後、太ペンでそのアウトラインの線の中を塗ります。

気になるところは、ドンドンと白絵具(ホワイト)と絵筆を使い修正していきます。

またペンで加筆したりして、それを何回も繰り返して、お客様にお見せする印稿(完成デザイン)を仕上げます。

その後の彫刻作業は、彫り続けるのですから、何となく工藝的な匂いは感じられると思いますが、実は彫る前の文字とそのレイアウト作りが非常に工藝的であると私は感じています。

その文字やレイアウトをする段において、自分をそこで主張すると、不思議なことに佳印のレイアウトにならないのです。

文字やレイアウト方法は先人が作って来た感覚に依拠すると、自ずと明るいレイアウト、空間から光が均等に目に飛び込んでくる、朱肉が詰まらない実用的な佳印となり、使用者が押捺して綺麗な美しい印影を表現してくれることとなります。

そして、それを後に続く者に伝える事により、さらに先人と繋がり一つの道が出来上がるのです。

自分、自分ではなく、頭を下げて教えてもらったことを次に伝える作業に中にあります。

修正、加筆、修正、加筆の繰り返し、

先人と相談しながら、後進からも学ぶ、蝸牛の歩みです。

それは、芸術が果たす役割ではなく、あくまで工藝のそれだと思います。

河井寛次郎先生のおっしゃっている

「美を追わない仕事

仕事の後から追ってくる美」

が、それにより少し説明できるかなと考えます。

 

posted: 2021年 10月 16日

今回で大印展の審査員を辞します

南無秋の彼岸の入日赤々と

【作者】宮部寸七翁

 

昨日は彼岸の中日、朝散歩で菩提寺にお参りに行きました。

少し決意がいる日で、ご先祖様に背中を押して頂こうと思いました。

お墓に手を合わせて帰ろうとすると、ご住職さまがよく冷えた缶コーヒーを下さいました。

朝食をしっかりと取り、大印展の審査会のために大印会館に出かけていくと、まだシャッターが閉まっていました。久しぶりの一番乗りでしたが、そんなに早く来たつもりはないのに・・・大丈夫だろうかという不安がよぎりました。

審査員の先生方から、何かと今回への不満を聞き乍ら、何とか審査を終えて三賞を筆頭に各賞が決定しました。

審査終了後に「個人的なご相談なのですが、今回を持ちまして大印展の審査員を辞したいと思います。」と述べさせて頂きました。

一番多きい理由はここでは述べる事をしませんが、同業組合である業界団体の運営と業界の根本である技術とその継承が乖離し始めていると思いながら、自分に無理をして続けてきましたが、もう我慢するのは止ようと思いました。

自分がやりたいことを大切にしないと、もうそんなに元気で活動できる時間が無いと考えるようになりました。

今から後の10年は私にとっては貴重な時間です。

もっと技を極めたいし、それを伝える伝え方を他分野で勉強や交流をしていきたいというのが理由です。

誰かに言われましたが、自分自身では後進は多く作ってきたつもりです。

その為の裏方仕事もしてきましたが、ここらでご免被りたいと強く考えています。

審査員の先生方には長らくお世話になりました。

心よりお礼申し上げます。

posted: 2021年 9月 24日

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