ハンコには物語がある

玉霰夜鷹は月に帰るめり

【作者】小林一茶

 

「実印が入用になり、印章ケースの蓋を開けてみると輪郭が破損していました。」という一本のお電話から相談を受けて、お客様がご来店されました。

奥様が結婚祝いに頂いた印章で、登録の時に一回押しただけ・・・何故輪郭が破損していたのでしょう?・・・どうも柘かアカネの木の素材にカラフルな色が塗られているその塗装?が木の素材が息をして膨張したのに耐えられなくなり、破損したようです。

お客様の近くには二軒の手彫りのはんこ屋さんがあって、自分の印章はそこで店主の蘊蓄を聞きながら、購入したとのこと・・・しかし、3年前には店主が亡くなられて、廃業されたとのこと・・・名前を聞くと、物凄く昔に組合で共に理事をされていた方のようでした。

とても寂しい限りです。

そういう技術にこだわりがあるハンコ屋さんがどんどん無くなり・・・ネットの大量生産型のお店が繁盛しているらしい・・・変な世の中だと、私は思います。

問屋さんが、悪気はないのだろうが・・・「はんこ屋さんは、一~二本のハンコが売れるだけで喜ぶ」と言われました。

分速でハンコが売れていく大手ネットショップから見ると、他愛もない一本だろうが、技術にこだわり、矜持をもっているハンコ屋さんが売る一本のハンコには物語がある・・・私は、そういうハンコを作製したい。

明日は、大印展の審査会です。

思う処あり、それを月に帰るきっしょにしたいと考えています。

※写真は、通勤途上にあるお地蔵さんの横にある掲示板に貼られていた言葉です。

posted: 2021年 9月 22日

技術継承を考えなおす

選挙近し新米古米まぜて炊く

【作者】大元祐子

 

今朝の朝散歩は夫婦ともども寝倒しとなりました。

明日は、大印展の作品開封日ですが、早起きして頑張ろうと思います。

今日は、仕事量調整と審査員作品作りで休日出勤して、シャッター半分で作業中です。

 

昨日のブログ「押印廃止から押印禁止へ」にコメントを寄せて頂きましたので、ご紹介させて頂きます。

「印章自体を面倒なもの、邪魔なものと我々一般の使用者に認識させたのは申し訳ありませんが印章が無くなる訳がないと盲信し出鱈目な商売をした印章業界にあると思います。それも正しい修業をされた技能士が、ではなく売れればいいと開運印鑑やキャラ物、象牙は家庭の発展の様な霊感等一言にまとめれば胡散臭いものを胡散臭い業者が何も知らない使用者に売りつけたのが原因の何割であると確信します。印章競技会等で見られる技能士達の卓越した密刻等の技術を見れば大半の者も印章の価値が分かるでしょうし開運屋か技能士のどちらかを選ぶかは明白です。また印章の値段は地方や店によって違いがありすぎ素人には入店しづらい部分もあります、これからは印章という道具ではなく芸術としての部分が色濃くなっていくと思われますが何卒心ある技能士の方には印章文化の復権のため頑張って頂きたいと願います、私も一級技能士の方に彫って頂いた印章を持ち歩き微力ながら宣伝等させて頂きたいと思います。」

 

頂いたコメントへの私の返信です。

「コメント有難うございます。

私も業界内におります商売人ですので、ご指摘に片腹痛い側面もあります。

しかしながら、半分職人ですので、その道を生かして行きたいとも考えます。

道具という側面を大切にしてきた一面、芸術性というと、多くの技能士の方を見てきましたが、芸術的側面で生き残られる技能士は何割、いや数パーセント、いや数人かも知れません。

それほど技能士の方の切磋琢磨の場も減り、熟練者の高齢化は印章の芸術分野を残すことを難しくしていると思います。

ハッキリ言いますと、技術が継承されていないということです。

その点を喧しく言ってきたつもりなのですが、今からどうのこうのということは無いであろうと思います。

そういう点では、技能士としてのというより、職人としてのきちんとした伝承を怠ってきた・・・これは組織の問題のみではなく、技能士自身の問題も大きくあると思います。

技能検定継続が本当に大切だと思われている方(技能士も含めて)がどのくらいおられるかが、来春の技能検定を100名以上の受検者でむかえようとする取り組みの中から、私には見えてきたものもあります。

それは良き面、悪しき面の両方ですが、それを踏まえて、業界内部からではなく、それをきちんと伝えるために、業界を飛び出して、学び広めたいと考えています。

あなた様のご愛用の1級技能士の印章が大きな宣伝物となることを応援できるように頑張ります。」

 

返信を終えてからも、いろんな事を考えさせられました。

嘗て10人ぐらいで1人の高齢者を支えていましたが、今や2人で1人の高齢者を支えています。

このままでいけば、2050年には1人が1人の高齢者を支えなければなりません。

それと同様にと言うわけではありませんが、伝統や伝統技術、それに伴う組織や団体を少数の人が引き受けなければならない時代が到来することと思います。いや、もうその芽はいたるところで出ては叩かれている(隠されている)ようにも思います。

支える人に過重負担があるということは、それだけ継承の土壌が日照り続きで養分が無くなってきていると考えます。

だから、頂いたコメントにも一理あるし、私の返信にも理はあるのです。

しかしながら、誰が悪いということをいっているのではなく、連綿と無視しつづけてきた技術継承を表舞台に出さねばなりません。

それは、今の印章業界では難しいことと悟りました。(少し呆れ、嫌になってきたというところもあります。)

では、どういう風にすればよいかを業界の外から眺める機会を頂きたいと強く考えるように変わってきている自分を感じています。

子どもの運動会より大印展の裏方や講習会運営に努めてきました。

(今はその子らも独り立ちしています。)

そのお蔭で、技術継承という問題をずっと考え続ける事が出来てきました。

しかし、それらは後10年くらいの私の活動期間を狭めることに今はなってきています。

もう少し頑張るためにも、少し距離を置いて考えたく思います。

 

posted: 2021年 9月 19日

『印章憲章』を神棚から降ろしてガイダンス化を

一足の石の高きに登りけり

【作者】高浜虚子

 

朝刊に尾身先生の閉会中審査での発言がありました。

‟コロナ「あと2~3年」“

「正確には神のみぞ知ることだが、ワクチンや薬があるインフルエンザのように、不安感がなくなるには2~3年かかるのではないか」

感染者数が減ってきているので、なんとなくコロナ以降について語られている今日この頃ですが、周りを見ても安易な方向に流されないように、気持ちを引き締めないといけないと思っています。

国会においてもそうですが、あらゆる事象において、現場を常に軽視されがちです。

しかしながら、動いているのは現場で、新しい在り方を作っていくのも現場です。

よくお話する『印章憲章』は、印章業界の理想形であり憲法と言って過言ではありません。

しかしながら現実の市場は、それに反する状態が横行してフェイク印章が氾濫しております。

それへの対応をせずして、いくら『印章憲章』を掲げても「絵に描いた餅」であり、具体的なる方策が見いだせないままに、昨年の「押印廃止」の河野発言に繋がりました。(総裁選での知名度がそれにより上がったのは事実です。)

そして、印章の価値は低落の一途を辿っています。

印章の製作現場を変えていくには、印章技術の継承現場を変えていかねばなりません。

頃は常日頃より私が喧しく言っていることで、皆さん耳にタコが出来ているかもしれません。

そして今、技術の継承現場は疲弊しております。

その理由は、技術を『印章憲章』とともに神棚に置き、現実の製作現場とは大きく乖離してしまっているという事だと思います。

技能検定2級の対策講座が各地で開催されて、私も愛知県に呼んで頂いておりますが、こう言う手仕上げの講習や将来的にはパソコンを使用しての文字レイアウト講習などもしていかないと、製作現場とかけ離れた講習会の在り方では、技術屋も育たなくなり、新しい芽が摘み取られて行くことになります。

それは私の理想でありスピリットのほとばしりからの発言ですが、これも現実的には受け入れられてきませんでした。

きっと、これからも難しい事だろうと思います。

今日の朝ドラ『おかえりモネ』のなかで、一般の人から天気の情報を集めるアプリの運用を始めだした朝岡さんが、「私は私の方法でも発信したいと考えています。」ととある場面で言われました。(朝ドラ見ていない人ごめんなさい)

私も今強くそういう気持ちになっています。

そして、神棚に祭り上げられている『印章憲章』と先人よりの技術を製作現場での身近な指針に引き寄せていきたい。

 

posted: 2021年 9月 16日

最後のフライト

八月のしばらく飛んでない箒

【作者】森田智子

 

箒に跨り飛んでいるのは、魔女ですね。

映画『魔女の宅急便』の中で、主人公のキキが自分に自信を無くして箒で空をとべなくなる場面があります。

自信は継続の中から生まれます。

当たり前のようにずっとしている事、キキにとっては空を飛ぶこと、それが何らかの原因でできなくなると、その再生にはとてもエネルギーがいります。

今、ドンドンと押印体験の場が減っています。(この文をその理由と共に書きましたが、削りたくなり削りました。)

押印体験の減少は、「しばらく飛んでいない箒」と同じです。

9月から技能検定の各会場予定地域での職能による説明会が始まります。

いわゆる実施団体への「意向調査」です。

3年前の木口彫刻作業、昨年実施されたゴム印彫刻作業も大阪会場の段取りをさせて頂きましたが、やはり「しばらく飛んでいない箒」的な状態で、忘れていることが多い状態です。(年の所為でもありますが)

「しばらく飛んでいない箒」に跨り空を飛ぶにはエネルギーが必要です。

明後日から空を飛び少し遅い個人的な夏休みをとり、英気を養い9月からの嵐の空に臨みたいと思います。

そして、これを最後のフライトにしたく考えています。

どうあろうと、どのようになろうと、いつまでも飛び続ける事は周りにも私にも意味を持たないと感じております。

posted: 2021年 8月 17日

キツネノカミソリ

きつねのかみそり一人前と思ふなよ

【作者】飯島晴子

 

土曜の夜に2回目のワクチン接種し、翌朝には家内と朝散歩をしました。

2回目は熱が出た人の話を聞いていましたが、何ともないやんと高を括っていたら、午後から微熱・・・そして39度台まで行きました。

今朝はスッキリとまではいきませんが、平熱に戻りました。

一日中横になっていたので、夜寝れないかなと心配しましたが、充分な睡眠がとれて、却って良い休息になりました。

さあ、8月が始まりました。

緊急事態宣言でもありますが、この8月はほぼ行事がありません。

技術講習会もありません。

名古屋の講座もパスさせていただきます。(ごめんなさい)

以前より8月は休息月と予定していたので、行事は入れないし、あっても行かないと決めていました。

9月に入ってからが大変だろうと思いますが、他所事は参加程度で技能検定関連を中心に位置づけて動こうと思っています。

そうすれば、次が見えて来るかなと思い、そうします。

見えないことをがむしゃらに頑張っても仕方がないかなと考える年になりました。

 

職人の仕事を覚えるのは、最初の3か月から一年、次は3年目、5年目、10年と節があると思います。

えっ!十年では一端ではないの?という声が聞こえてきそうですが、一端というのは漸く職人の仲間入りが出来た、その端においてやるよという段階だと思います。

この最初の一年や3年目までに、このコロナ禍は2年以上を占拠して、現場での経験や対面講習会がおろそかになってきています。

一番大事な時に、それらがないというのは・・・職人にとって致命的なことであります。

それは10年選手の節目の人にも同様な事が言えます。

10年選手が後進の指導ができない環境になってきています。

実は、これも致命的な事なのです。

職人自身が一人前などとか、ましてや作家などと言うのは、NHKの京都ドラマではないですが、千年早いという事だろうと思います。

今夜、狐が剃刀を銜えて枕元に座っているかもしれませんよ。

 

posted: 2021年 8月 2日

印刀はもういらない?

2級技能検定の実技試験は印刀という荒彫り刀を使用しなくともできる課題に平成27年度試験から移行しました。

 

印刀はもういらないのかな・・・

 

中国から漢字と同じように伝来されたのが、現在の印章なのですが、彫刻方法は西洋活版技術を用いた日本独自の方法です。

 

基底刀という印刀を用いて、仕上げ刀という片刃の刀で線を作っていく彫刻方法は、西洋活版印刷から分離していった木口木版と言う版画の彫刻方法とも少し違います。(木口木版は仕上げ刀を使用しませんし、判と版の違いがあります。)

 

日本の実用印章(木口)は、中国から伝来した篆刻技法の彫刻方法とは違う方法で作製されています。

 

日本の印章が、シルクロードの最終地点の正倉院へとメソポタミアから伝来したという事実をご存知な方でも、これを知らない方は多く、日本の印章には独自性があり、実用に根を生やすことが出来た由縁もあるということが、その彫刻方法からもうかがえます。

 

その印刀がいらなくなってきています。

 

良い悪いの問題ではなく、唯一無二を掲げなけらばその存在価値を否定されてしまう印章ですので、技能検定が継続されれば、ますます彫刻の規範を世に表明する必要が出てくることでしょう。

 

また、それと印刀無しの技術的な講習も試行錯誤していかねばならない課題であると考えます。(2級対策講座のような講習会と判下作製講習のようなもの)

 

それは、あくまで印章業を残す課題でありますが、本物を残す課題ではありません。

 

鍛冶屋さんが激減する中で、刀鍛冶のみが継続されていることに、本物は学んでいかねばならない。

 

印章が自然と刀と同じようにはならないし、印章業自体が継続しないと、そのうち捨てられていくかもしれませんが、技能検定とは別物としての存続課題があると考えます。

 

https://ameblo.jp/kiann1213/entry-12180256526.html

 

posted: 2021年 7月 13日

技術や職人を大切にして来ましたか

スマホの普及やデジタルの進展をあげつらい「伝統性を錦の御旗にしていても社会から取り残される」というコロナ以前の論理を未だに振りまいているようでは、到底デジタル化の波にたちうちできない、貧弱な印章業となります。

印章業は、今よりも小さな業界となることは確かであると思いますが、伝統や技術の在り方に目を向けなくなると小さなどころか消滅していく事だろうと推測します。

技術や伝統という土俵のなかには、相撲ではないですが、金が埋まっています。

それを彫り出すのは、並大抵の苦労ではできません。

観客席からヤジを飛ばしていた方が、うんと楽なのです。

技術を研鑽している?からそれでOKと思っている人も多いです。

問題は、技術がきちんと業界内にさえ伝わっていないし、伝えようとする努力をしていないということです。

名古屋での2級技能検定対策講座(愛知県印章技能士会主催)では、地元名古屋は勿論、岐阜県や静岡県からも足を運んで下さり、熱心に私の話を聞き、講座を受講されていました。

組織、団体の枠を超えて、某問屋さんが印章を扱っているお店対象に大活躍していただき、声をかけていただくと、今までどこに尋ねればよいか分からなかった技術の在り方を求めて、20名もの技術を求める人が集まりました。

コロナウイルス感染防止対策のために、20名を超えた方はお断りしていたと後で聞きました。

ほかの所でも、動けばその傾向があると聞き及んでいます。

コロナ禍後日本での在り方は、デジタルとの共存という曖昧なものではありません。

おそらく、スマホの普及のように電子印鑑という在り方が他業界の一部として移っていくなか、その内に印影という在り方も消えゆき、別物の認証の在り方、ビジネススタイルの一形態として変化していく事だろうと予測します。

しかし、それは「おしで」の日本に根付いた印章の在り方とは、本義を別物にするものであるという事が、日本的ではないということが、理解の方向性で進んでいくと思います。

その時に印章が引き継がれる事を前提に動き、残していく事が肝心かなと考えます。

「伝統性という錦の御旗」を折るもの達に、印章としての未来はありません。

 

posted: 2021年 7月 9日

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