生業が無くなるような日本文化ならいらない

二十年前に5部初めで止まっていた流転の海シリーズを9部までを読了した。
約一月半くらいで5冊を読んだので、今少し松坂熊吾ロス状態であります。
第4部で、熊吾が一番頭をさげたくない相手である海老原太一に名刀・関の孫六兼元を買い取ってもらい、それが第9部で再び熊吾にもどってきた。・・・「ああ、関孫六兼元。もうわしのところに舞い戻ってくることはないじゃろう。どんな人のもとに行ったのかのお。あの名刀は人助けをする業物じゃ。わしらは二回助けて貰うた」・・・
その関孫六兼元という名刀を輩出した関の刃物産業の実情が、毎本日付の毎日聞のトップ記事として大きな見出しに目を奪われました。堺や越前のそれと違い、関には伝統工芸士が一人もいなく、大量生産の工業化の道を選んできた関の刃物職人はピラミッド構造の最下層の替えが利く「一業者」として扱われるようになっていました。

1インチを研削する単価は3~4円で、一日10時間働いても2万円で、日当は1万円、年間300日働いても生活は苦しいようです。それへの挑戦を刃物職人・横山浩充さんが「技術に対してお金を出せない業界ならもうやめる」とやめる覚悟で「関の異端児」と呼ばれようが奮闘した様子が記事にされていた。「僕らが価格決定権を持てるようになり、見せ方と伝え方を工夫する。価値のあるものと受け止められれば、必要なところに必要なコストを投じることができる」と刃物職人の待遇改善や後継者育成につながることと信じていると記事は結ばれていました。
うちの業界とまた少し違った問題に臨まれていると思いますが、業界の異端児とされ、いろんなことに挑戦されているのは私と似たところがあるかなと思います。儲からなければ業は滅びます。刃物が日本文化であり、印章もそうだとしても、それを営む生業が無くなるような日本文化ならいらないと私も思います。

土曜日の午後から店を閉めて輪島の塗師・赤木明登さんのトークを聴きに、阪急の「日本の漆」というイベント会場へ行ってきました。会場の最前列で聞いていると、「三田村さんの印章でも」というお話を頂き驚きました。赤木さんいわく、漆椀は「神人共食」の器であり、印章も神との約束の道具であるとおっしゃっていただいたのには、とても勇気づけられました。
赤木さんの工房が参加している阪急うめだ9階ギャラリーは、明日18日(月)まで展示販売されています。漆に触れてそのぬくもりを感じて下さい。
posted: 2026年 5月 17日