第18章 捺印法と朱肉・・・その2

(2)朱肉の歴史

<神色を保つ>

様々な色彩の中で、朱の色は殊に奥深く実に美しい色合いであります。

黄色に近いものから赤っぽいもの、茶色を思わせるものまで、東洋人は朱を愛好します。

信を示す宝器である印章に、気品高き朱を用いたのも当然であります。

硃砂、辰砂を以て練成した高級な朱肉で押捺した印影は、数百年の後も燦然と不易の神色を保つものであります。

天然の朱に恵まれた中国では、昔より朱肉(印泥、印色)を用いましたが、我が国では朝廷に限られ、他は黒肉を用いていました。

室町時代より将軍は朱肉を公文書にのみ使用しました。

御朱印状による「朱印船」「御朱印地」などの語はそれによるものです。

朱は黄金と共に貴重な品であり、高価で且つ容易に手に入りにくい為、たとえ庶民に許されても到底使用は出来なかったと思われます。

朱は水銀原料の辰砂と硫黄の化合物で、石器時代の土器にも朱をもって彩ったものがあるそうで、天然朱によるものであろうと推察できます。

やがて水銀と硫黄で朱を作るようになりましたが、多くは中国からの移入したものでありました。

朱の価も高いので、黄金に等しい高価なものもあったようです。

徳川中期以降は、書画の落款印に朱印をもちいましたが、やはり印判は黒肉一色の時代は長く続きました。

明治以降印章の普及と共に、朱肉も許されて広く用いられ、本朱以外の安価な朱肉も出現し、黒肉は次第に退き今日の朱肉の時代となりました。

享保時代に印章は庶民に普及し、明治に至って朱肉が同じく普及しました。

朱肉が一般化された時は、印章も形態が今日のものに近づいており、朱文刻法による朱肉を使用する現代印章の誕生となりました。

朱肉は印章と共に大衆化し、その品位も共々に低落していきました。

辰砂製の印泥のような名品は、書画に親しむ一部の人に限られ、一般に用いられるものは、朱肉とは名ばかりの粗悪なものと成り果てています。

名人の名作の印章も拙い印肉では、その風格が十分に発揮されないことは言うまでもありません。

朱肉は本朱製を求めることが経済的にも得益が多く、押捺した時の印影も比較にならないぐらい美しさを保ちます。

重要文書は勿論の事、人目にさらされる免状の朱肉が朱液がスポンジにしみこまされたもので捺印されたものは時と共にその印影は薄くなり消えゆくようで、その免状の価値も下がって見えるのは不思議なことであります。

今日、良い朱肉を知らない人がその捺印経験の低下により多くなってきています。

一家に一つは、高級練朱肉を持っておかれると、その家の品格が向上し、正しい印章での捺印に必ずや印徳をもたらしてくれることと確信いたします。

(3)朱肉の製法

<古法に近い>

朱肉は中国では宋代に既に製造されています。

我が国へ渡来したのは鎌倉時代ですが、本格的な製造は行われていませんでした。

朱と艾(もぐさ)と油で製造されたのは、それよりずっと後のことでした。

鎌倉以前の朱印は、朱の粉末を糊で練って、指やたんぽんで印面に叩きつけて押印しました。

朱肉の製法は、艾を晒してヒマシ油の中へ入れて煮沸し、朱粉を入れるのが古くからの製法ですが、現在は艾を使用せず、紙綿、パンヤ、ちち草を用いて、朱も本朱(辰砂)は化学製品で代用されているようであるが、各々秘法としているため、その内を明かさないのが通常です。

嘗ては、石臼で手で練ったが、これが機械に代わり、朱肉の外見はよくなったが、耐久性に劣ります。

朱色の鮮やかさで朱肉の良否を判別する試金石として、一番我々によく分かるのが、賞状であります。

卒業証書や免状などは、身近に古いものが残っています。

それを見比べてください。

中には、未だに色鮮やかな朱色をはなつ印影が2~3はあるはずです。

それに比して最近の物でも、スポンジの朱液注入式の朱肉を使用したものは、色褪せ、中には消えかけの物さえあることを発見されると思います。

一生の思い出の卒業証書や、人にアピールしなければならない資格の免状の印影が消えていれば、その値打も疑われているようで、見ていて悲しくなりますね。

posted: 2014年 5月 12日