平地人を戦慄せしめよ

明日より16日まで、お店はお盆休みに入ります。

昨夜BSのNHKで「新日本紀行」で遠野をテーマにした再放送を見ました。
柳田邦男の『遠野物語』では、お盆という考え方を日本独特なものとして捉えていて、今の日本人(平地人)が忘れてしまったものを表現しています。
遠野では、初盆に故人を迎える「トオロギ(灯籠木」」を高く上げ、「しし踊り」で丁重にもてなすという風習があります。
日本には死者が戻って来るという考え方が、他からの宗教と違い、古からの考え方としてありました。
今、お盆を夏季休暇としてしか捉えられずにいる日本人(平地人)の心は、ぽっかりと穴のあいた状態なのかもしれません。
柳田邦男はその序文で次のように記しています。
「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と。
そして冒頭の献辞として「この書を外国に在る人々に呈す」と書いています。
古より、自然の山と川に営まれる日本的霊性を宿した日本人の生活に対して、科学の進歩とテクノロジーの発達によってもたらされた繁栄により失われた視界が突きつけられています。
さらに自然をもコントロール出来ると信じる現代人の高ぶる想いに、今年は自然の神々の警鐘がもたらされ、日本的霊性を再思考させられました。
あちらの世界からは、「無名の工人」(バーナード・リーチ)や「無数の名も無き職人達の亡き霊」(柳宗悦)がお戻りになります。
それらの魂もまた、今の日本の行く末に大きな警鐘を鳴らしてくれていると考えるべき状況ではないでしょうか。
先人たちに合掌。

posted: 2018年 8月 10日