「関連」という想像力を働かせよう
土は土に隠れて深し冬日向
【作者】三橋敏雄
先月に一度させて頂いたお話です。
お店の水道メーターの交換に若い作業員の方が気を利かして、水道メーターに付着していた錆びを落としてくれました。
そうすると、チョロチョロとしか流れなかったトイレの水が勢いよくながれたのです。
何度も流さないと流れない・・・。
あちらこちらに文句を言いました。
最初は配水の清掃業者が入ってから流れが悪くなったので、文句を言うと、配水は出来ているので、便器が悪いと確認の写真を撮って、それでお終い・・・
便器までの接続の配管が古くなっていると大家さんが水道屋さんに言って取り替えて頂いたのですが、それでも流れる状態は変わらず・・・
何が悪いのか訳が分からず、1年以上諦めていました。
それが、たまたま水道メーターの若い交換作業員の機転で、よく流れる便所にもどったのです。
それぞれの部門の方は、それぞれの仕事をしておられたと思います。
配水清掃、排水の清掃、水道工事屋さん・・・
しかし、何故水が流れないのかという根本問題に目を向けて頂けた人はいなかったということです。
部門、部門は完璧だけれど、その関連に目が行っていない。
印章も、印章が出来上がるまでには、文字の選択、文字のレイアウト、彫刻とそれぞれの部門があります。
いくら文字が書家の大先生が書かれた良き書を持ってきても、丸や四角にそれが上手くレイアウトできなければ、その書の文字は何の意味も持ちません。
また、いくら良きレイアウトを得ても、酷い彫刻や機械での彫りっぱなしや、手仕上げとは名ばかりの文字を殺すような仕上げでは、それも意味がありません。
全てが関連してこそ、初めてきちんとした印章が出来上がるのです。
冬日向の縁側から、庭の土を見ると、その下にはまだ土が隠れているから、上部の土が冬の光に照らされるのです。
土の下に関連する土の存在を想像する人は、あまりいません。
物を使用する人でも、それを作った名も無き職人に想いを馳せる人も、やはり少ないと思います。
しかし、それが大事だとするところに日本的霊性は存在して、我々に良き暮らしを啓示してくれていることは、忘れてはいけないと思います。
