取材がありました

雛飾りつゝふと命惜しきかな
【作者】星野立子

のどかなお天気であった昨日の午後に、とある取材を受けました。
発刊されれば、詳細を再度お知らせいたします。
自分や自分の技術の事より、まず印章やその技術を取り巻く環境についてのお話を熱い想いを吐露するように、しゃべくりました。

業界自らが規範なき市場を作り出してしまい、印章の価値がドンドンと低下するなか、技術者や技術面をした者たちが、自分たちの印章をブランド化しようとしても、既に印章の価値低落に拍車がかかってしまっています。
ブランド化の土壌が無くなりつつあるということです。
その中において、需要減少の中において、自らの技を説明することには限界があるのと同時に、それでも生き抜きたいという「命惜しさ」の自分がいるという言葉も、ライターさんに向けて出ていたと気づかされました。

おそらく、印章は冬眠の時代に入っていくことだろうと思います。
それは、規範なき市場に背を背けることのできる力を印章が有しているうちに実施される事と思います。
戦国時代ではありませんが、ましてや二本刺しが武士のファッションとなってしまった江戸時代にさえ、刀鍛冶という職業は成立していました。
村の鍛冶屋は、ほとんどが姿を消した今日でも刀鍛冶はおられます。
刀鍛冶を職人と呼べるのかどうかは知りませんが、本物を鍛えておられます。
刀剣に既製品や、キャラクターやフォントを使用したものは、見たことがありません。
刀のデザインをパソコンで、学校出たての若いデザイナーまがいがされていると聞いたこともありません。
本物しか残らなかったのです。

この際、印章も本物思考が生き残りのキーワードになる事でしょう。
印章の本物とは、印面にきちんとしたデザインが表現された作者の創作物であるということです。
これからの印章の在り方は、手技で鍛えたその表現力を大いに生かして、本物思考を持つ人との共感を高めていくという事だと予想します。
それが、芸術と呼ばれるのか、美術と感じられるのか、伝統工芸として位置づけられるのかは分かりませんが、はっきり言えることは、偽物は自らの手で、その道を狭くし、自滅の道をたどる事だけは明確なことでしょう。
それでも印章は生き残り、冬眠期を経て次世代に引き継がれることと想像します。

posted: 2020年 2月 20日