押印復活はあり得る

デジタル化が遅れている日本という声をこのコロナ禍でよく聴きます。

何だか、日本が取り残されているような印象を受け、ただちにデジタル化の道をひた走らないといけないという感覚にとらわれて、それを阻害することは悪だと思わされる風潮がマスコミや知識層の中にも見られます。

果たしてそうでしょうか。

デジタル化を進める事が悪だとは言いませんが、国のワクチン接種の予約がデジタル以外を受けつけないということに疑問を感じます。

今日の毎日新聞の朝刊に、『人新世の資本論』で有名になった斎藤幸平さんが、デジタル化について次のように書いています。

「デジタル化というのは思ったより雇用を生まない・・・」とか「デジタル化をすれば環境負荷が減るという幻想がありますが、実際にはサーバーの冷却のために膨大な電力が消費されるし・・・パソコンや電気自動車などの製造のために、リチウムやコバルトといった大量のレアメタルが消費され・・・」とあります。

 

 

 

朝ドラ『おかえりモネ』のなかに出てくる貞山正宗公遺訓「五常」は、やり過ぎることなかれと教えています。

 

仁に過ぎれば 弱くなる

(人を大切にし過ぎれば、自分の為にも相手の為にもなりません)

義に過ぎれば 固くなる

(正しさや道理を貫き過ぎる、融通がきかなくなります)

礼に過ぎれば へつらいとなる

(礼儀正しさも過ぎれば、媚びへつらいとなる)

智に過ぎれば 嘘をつく

(頭が良すぎると 平気で嘘をつくようになる)

信に過ぎれば 損をする

(他人を信じ過ぎると 損をします)

 

デジタル化により、一部の人だけが得をする世の中は、高齢者や社会的弱者のみならず人間が生きにくい世の中を形成するのであれば、デジタル化の遅れは、やり過ぎを戒める日本にとり丁度良い塩梅ではないでしょうか。

印章業界が五常訓に倣い、デジタル化より手仕事による技術継承を重んじれば、「押印復活」もあるかもしれませんね。

posted: 2021年 5月 25日