【伝えなければならぬ二つのこと】
今まで、「おしで」をアルファベット表記にするのに、「OSIDE」として来ました。70年ぶりに文化庁がヘボン式に変更されたことを鑑み、「OSHIDE」と改めさせて頂きます。
印章がその根本精神であるsealとしての在り方を後世に継承していくためには、大切なことが二つあると考えています。
その一つが、「OSHIDE」であります。何故、「おしで」や「オシデ」「ヲシデ」としないか、また漢字で「印璽」として「おしで」と読ませないか・・・ここが大変重要なことです。日本に印章らしきものが大陸からもたらされたのは、弥生時代の金印で、それは決して印章文化や印章独自の在り方ではなく、大いに権力と結びついていた大陸からの政治制度に帰属していたと言えます。いわゆる統治するためのツールであったことに間違いがありません。大陸においても、王朝の出現と同じくして印が出現し、殷墟からはそれらが発掘されました。その在り方を日本の支配者が真似ようとしたのは当然のことであります。仏教の伝来などとも相まって、奈良時代には印制が律令制度と共に確立していった。
Instagramで拝見したのですが、縄文時代から続いていた勾玉などの翡翠文化が奈良時代にきれいさっぱりと見られなくなったらしい。大陸の影響は大きく社会の在り方や生活環境、文化に到るまで激変させていったのだろうと推測できます。戦後にもたらされたアメリカの生活様式に影響されて、高度成長の頃に定着したアメリカ文化への憧れが、当時の日本の貴族たちにもあったのだろうと思われます。
「OSHIDE」は音しかなく文字が無かった時代からある「約束」を代弁する何かであったのだろうと思います。当時の自然神や崇める何か神のようなものへの「約束」から人と人との「約束」に転化していったのが、その後日本書紀にしかあらわれない言葉の「おしで」であろうと思います。そして、その後一切姿をみせなくなりました。文字にするより音で表現したいので、表音文字であるアルファベットで示すこととしました。
継承のためのもう一つは、現在の印章の彫刻技術(木口彫刻)をきちんと工藝として位置づけることです。
長くなりましたので、この説明は次回にいたしますが、「OSHIDE」とは大いに関連してくることですので、くどい説明になるかも知れませんがお許しください。
posted: 2026年 5月 10日