コロナ禍に生きる印章不要論のウイルス
コロナ禍でも、印章不要論の論調は勢いを増すばかりです。
ネトウヨのようにあちこちで見聞きしたことをコピペされての論調なので、その土俵にのると巻き込まれてしまう恐れもありますが、テレワーク中に印章を押捺する必要に駆られ、命に係わる出社を強いられるとの論であります。
よく読んでいくと、印章を無くしたいという意図とその圧力を感じざるを得ません。
その論調にも問題点もあるのですが、それよりも怖く感じるのが、その論を受け入れる土壌を作られつつあるという事かも知れません。
それだけ、印章の価値が既に低落してしまっていると感じました。
パソコン印章やフォント印章を野放しにしてきた現状。
今日も印章アドバイザーとして某役所からの問い合わせに対応いたしました。
それが文字を勝手な解釈でグニャグニャと曲げたもので、原型の文字を拾い出すのに一苦労しました。
きちんとした印章をきちんとした形で提起していない業界やその組織
売れればよい式のパソコン印章やフォント印章の放置状態は、消費者の意識を啓発するどころか、業界の一部でオモチャのハンコを文化とまで持て囃すような論調を仕掛けたりと・・・
そういう中での今回のコロナ禍は、印章技術の空白期を誕生させようとしています。
勿論、命より大切なものはありません。
その命を持つ人と人との約束を具現化した「信証の具」が印章であります。
印章の本質は、唯一無二を産む職人の創作であるということです。
それには、技術継承という大切なことを果たさねば、成立しないことです。
技術継承は、昨日今日ではできません。
その継承現場が、コロナ禍により空白となっていることが一番の気がかりです。
大印技術講習会は、通信の道を模索し始めていますが、他の所はどうなのでしょうか。(全国的な交流組織がないのでわからないことも問題の一因)
仕方がないのは分かります。
仕方がないと放置すれば、印章不要論はドンドンとその土壌に肥やしをやり続けることでしょう。
このままでは、技術空白期間はある意味技術放棄期間となり、令和3年度後期にある技能検定は120名の受検者を集められなく、業界は技能検定を手放すこととなるだろうと思います。
それでも印章不要論は、当然論の様な顔をして闊歩していることでしょう。
それにパソコン印章やフォント印章は、太刀打ちできないことは然り、デジタル印章に摩耶化され、その本質を見失う結果未来が訪れることを一番危惧致します。
恐ろしきかなコロナ禍に生きる印章不要論のウイルス。
