文化と精神性
大佛の中はからつぽ台風過
【作者】小口たかし
印章に軽く目礼し、臍下丹田に力を込めて、やるやかに紙面に押し、指先で「の」の字を書く如く廻す気持ちで力を入れて「し」の字に引くように離すのである。

上記は、我が流祖の藤本胤峯先生が著書『印章と人生』において述べられた「捺印法」の一節です。「の」の字を書く如く廻す気持ちで力を入れて「し」の字に引くように離すというところは、実店舗の印章店が仕上がったハンコをお渡しする時や親切なネットショップにも記載されていることです。しかし、「軽く目礼し、臍下丹田に力を込める」ということは、藤本先生自身やその著書以外からは聞いてことがありません。つい最近まで、後の文章を引き立てる装飾的な「おまけ」と思っていました。しかし、ここが一番肝心なところであったと、先生の著書は後から何回読み直しても、新たな気づきを得ます。勿論、目礼をしなくとも臍下丹田に力を入れなくても印章は捺印出来ます。ちょっと器用な人なら綺麗に押すこともできるでしょう。しかし、綺麗な印影を得るだけなら、パソコン画面上でそれを添付する作業と何ら変わりありません。電子印鑑で書類にサイン替わりに電子印鑑の印影を決められた位置に置く、そう「置く」のと「押す」が一緒の作業になってしまいます。

ハンコレスの風潮により、押印機会が減少して、印章需要に影響を与え、印章店が閉店していく数が増えてきています。デパートや郊外型ストアーから印章店が消え始めています。それでも印章を押さなければならない場面があり、仕方なく捺印されるのでしょうか。
押さなければいけないから押すもの
ここに押すから必要
印章はどこに押すものだろうか
そもそも、何故押さなければならないのだろうか
法律?制度?
いや、文化だから押すものだろうか
印章文化ってなんだろう
落款印や蔵書印が文化であって、書類に捺す認印は文化ではないのであろうか
落款印や蔵書印は残るが、不便な認印は無くなっていくものであろうか
文化ってなんだろう?
文化は精神性により成立しています。
日本印章史の精神性を受け継いでいるのは、実用印章です。
少なくとも、日本古来の「おしで」の考え方を受け継いでいるのは、落款印や蔵書印ではありません。それらを否定しているのではありませんが、実用印章がなくなれば、落款印や蔵書印、流行りの消しゴムはんこや女子文具としてのハンコ類もなくなっていく事だろと思います。それは、実用印章と共にその精神性が無くなるからです。元のラインから分岐していった、或いは芸術に昇華していった(?)それらの根は一つだからです。
根っこは、メソポタミアの印章の起源ではありません。
それが定着した土壌である「おしで」という精神性にあると私は考えます。
posted: 2025年 9月 6日
