第19章 印章学による印章・・・その6

(7)具備すべき印章

藤本胤峯先生は著書『印章と人生』で、日常生活において最も必要な印章を5顆として、その内容を次のように示されました。

1、実印

2 認印

3、銀行印

4、家庭印

5、婦人実印

その意図するところは、家庭を中心に考えられていました。

ある意味、これは順序であり、女性実印は5番目に位置づけされていました。

これを材料として「印章5本セット」として販売されている所もあると聞きます。

しかしながら、時代の変遷と共に考え方が、家から個人に変わっています。

ここでは、考え方は勿論藤本流でありますが、時代的考慮を含み、実印・銀行印・認印というコンセプトのもとお話を進めていきます。

 

<実印>・・・その1

男性実印、女性実印という区別なく、お話ししていきます。

実印は、一生を共にする宝器であり、世に一つの物でなければならないことは、これまでにも何度もお話ししてきました。

実印に良印を持つために不知不識の間に向上している人もあれば、反対に悪印を所有するために如何に業務に焦り身を粉にして働いても落ち目々々に転落している人も決して少なくありません。

石川啄木は『一握の砂』のなかで、「働けど働けどわが暮らし楽にならざる

り じっと手を見る」とした生活歌がありますが、これを印章論として換言すると、じっと手を見るのではなく、己が実印を心にとめてみるべきであります。

この運命のカギと言っても過言ではない実印の調整に当たっては、特に慎重を期さねばなりませんが、残念ながらこの実印の篆書に実に誤りが多いことが事実であります。

一つには、太く醜い印相書体なる怪物印がまだまだ横行していることにそのほとんどの原因がありますが、もう一つには篆書や印相体として販売されている業界にソフトに誤りが多いということもあります。

その誤った文字の実印を平然と使用していて、開運などあるはずもなく、啄木の歌の中を繰り返すこととなります。

実印には、正しい篆書体をお勧めすることは当然でありますが、その上に今までお話しさせていただいたような真善美を求めて頂ければ幸いであります。

<実印>・・・その2

印面の大きさは五分丸(約15ミリ丸)をお奨めいたします。

既製の印鑑の10ミリ丸を普段使用していると、15ミリ丸というのは、非常に大きいという印象をお持ちになられる方がおられます。

堂々の風格を要する実印が小さいということは、品位を卑屈にし、何となく自己の品格まで狭量卑縮のように思えるものです。

だからと言って、六分丸(約18ミリ丸)や7分丸(約21ミリ丸)の厖大なる実印を使用することは一見して、その人を誇大妄想狂ならずやと不信嘲笑を蒙り、知らない間に大きな損害を被るものです。

中庸中道の五分(約15ミリ)丸の意は、陰陽和合の吉寸であり、印の品位にも最適であります。

姓名共に彫刻することは差支えがありませんが、必ずその中に姓名の名を刻すことが肝心であります。

それは、実印が自己を表し、親兄弟、配偶者にも貸し借りができない、この世に唯一つだけの自分のものであるが故なのです。

よく未婚の女性の実印は、結婚して姓が変わるから名のみで彫刻すればよいというような説明をされるハンコ屋さんがありますが、それは役所の論理で、名のみでもよいとするのは実印の主要字が名であるという印章の本義からきている事なのです。

また、名前によりましては、名だけの方が寛容且つ重厚に配文が得られる場合があります。

一字名の時は「印」または「之印」を加えるとよき配文(レイアウト)となる場合がありますが、登録が出来ない市区町村もありますのでご注意ください。

その辺は、彫刻者とよく相談されてお作り頂くと宜しいかと思います。

不動産登記、公正証書、長期契約物件、印鑑証明を要する物件、その他重要物件には印鑑届を為した実印をもって為すべきであります。

posted: 2014年 7月 10日