砥石の凹みと印章業界の凹み

わたくしに劣るものなく梅雨きのこ
【作者】池田澄子

昨日は、とあることで気分が重かった。
気分を変えようと思い、ここ十数年間、ほったらかしにしていた仕上げ砥石の面直し(つらなおし)に汗をかきながら何も考えず向かい合った。
砥石を長年使用していると、良く砥ぐところが減ってきます。
おおくは、船底といわれるような、湾曲した形に自然になっていきます。
それを真っ平に整形し直すことを面直しといいます。
私の仕上げ砥は、それほど高級なものではないのですが、京都の本山の固めを使用しています。
なかなか平らにならない・・・。
それだけ、ほったらかしにして、少し船底の方が上手く砥げると訳の分からないことを後輩などに言い訳して、自分と自分の技術を誤魔化していたのだと、反省しながら真っ平になるまで作業を続けました。
付随して、仕上げ刀の角度と厚みの関係を今の年齢の握力に合うように、研ぎ直しました。
長年の相方が生き返ったように、切れ味が蘇りました。

ともすると、組織というものは自らの在り方を見えなくしてしまうことがあるようです。
言い換えると、馴れ合いです。
自分たちがしていることが正しいとして、よそ者や他の意見を受け付けないので、新しい感覚や意見、物の見方が入ってこない。
砥石がへこんでいても、気が付かないのです。
印章冬の時代に於ける一番の課題は、技術継承です。
技術継承が砥石の凹みのように感じ、そこをほったらかしにしていると、印章は氷河期に入ってしまうようにも感じます。
馴れ合いではできません。
面直しの効果があることは、分かっているのに、面直しをしないのは、意識の問題かなと情けなくも思います。

posted: 2020年 7月 7日